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2022.11.21
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カテゴリ:北朝鮮

ミサイル発射を繰り返す(悪魔=北朝鮮)を擁護してきた「新社会党」の罪は、限りなく大きいと断言できる。挑発と威嚇を武器に、民主主義に挑戦する全体御主義国家が、今や東アジアの火薬庫だ・・・・なによりも(抑止力の強化)が今、求められている!!!    2022-11-21     はんぺん

北朝鮮による日本人拉致問題を追及するどころか、報道すらしなかった新社会党・・・・

 僕は、長年、新社会党の機関紙(週刊新社会)を購読していたが、ただの一度も、拉致問題について、記事が掲載されたことは無かった・・・・痛切な違和感を感じずにはおれなかったのだ・・・・

 

次々と人権問題が明るみになるたびに、僕が指摘すると、その友人の新社会党員は、(他国の問題については、その国の国民が決めることだから、国外の我々が関わるべきではない・・・)と言ってのけた!!!   

 

その友人は、学生時代、学生運動で、他国のベトナム戦争反対デモに参加したハズだし、10年ほど前には、新社会党から、わざわざ他国の韓国まで出かけて、パククネ政権打倒の反政府デモに参加までしている!!!!

 

なんという(詭弁)だろう・・・・僕は、開いた口が塞がらない・・・・・

僕の人間不信は、こういう事実の積み重ねの上にあるのだが・・・・

 

皆さんは、どう思われるか?    はんぺん

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久保田るり子の朝鮮半島ウオッチ

北の収容所に異変。 核実験場建設で数万人犠牲か

    2022-11-19   久保田 るり子     産経新聞

北朝鮮の独裁体制が恐怖政治によって維持される中、粛清の受け皿になってきたのが政治犯強制収容所だ。自身も収容所経験者で現在、韓国で北朝鮮人権活動家として活動するジャーナリスト、姜哲煥(カン・チョルファン)氏が今月上旬、その収容所の異変を報告した。

 

国連人権理事会などが問題視してきた「耀徳(ヨドク)収容所」がほぼ解体される一方、核実験場に隣接する「化成(ファソン)収容所」が約10万人規模に巨大化したという。姜氏は「化成収容所から1990年代以降、4万人以上が行方不明になったとの情報があり、核実験関連作業に動員された可能性が高い」と述べた。

 

悪名高い「耀徳収容所」

姜氏は5日、日本で北朝鮮の政治犯収容所問題に取り組む非政府組織(NGO)「NO FENCE 北朝鮮の強制収容所をなくすアクションの会」(小川晴久代表)のオンライン会議に参加し、収容所の異変について報告した。

 

北朝鮮の政治犯収容所の存在は、在日朝鮮人の帰還事業(59~84年)で北朝鮮に渡った人々の家族が「帰国者の多くが収容所に送られている」と証言し、90年代初頭から明るみに出た。

 

現在、少なくとも8カ所が確認されており、12万人から20万人が収監中とみられている。「耀徳収容所」は国際的に最も知名度が高い。

他の収容所が生きて二度と出られない「完全統制区域」なのに対し、耀徳には事情によって釈放される「革命化区域」があり、元収監者から情報が外部に出たためだ。姜氏も9歳から10年間、耀徳に収容され、87年に釈放された。

 

国連人権理事会は2014年の「北朝鮮人権報告書」で、政治犯強制収容所を含む北朝鮮の人権侵害を「人道に対する罪」に当たると指摘した。北朝鮮はこれを受け、14年から「耀徳収容所」を農場に見せかけるなどの偽装を始めた。

 

姜氏によると、金正日(キム・ジョンイル)総書記の死去によって11年末に後継者となった金正恩(キム・ジョンウン)氏は当初、収容所の必要性が理解できず、「耀徳はいらない」と解体を命じたという。

 

しかし13年末、叔父の張成沢(チャン・ソンテク)氏を国家転覆陰謀罪で処刑し、張成沢一派総勢5000~1万人に及ぶ「政治犯」の処分に直面した。このため、収容所解体が止まったという。

 

姜氏は点在する収容所を衛星情報(グーグル・アース)などで確認してきたが、耀徳収容所の解体は昨年から加速し先月、解体作業がほぼ完了したという。「目的は世界から注視されている耀徳収容所の隠蔽(いんぺい)だ。しかし、収容されていた収監者が釈放されたわけではない」(姜氏)。

 

姜氏は日本で有力な在日朝鮮人だった祖父が帰還事業で北朝鮮に帰国。祖父はその後、政治犯として収容所送りとなり、祖母を含む一族全員が耀徳収容所に収監された。耀徳には在日朝鮮人が多く、1980年代には約5000人が住む「在日村」が収容所内にあったという。

 

「化成」拡張と消えた収監者

一方、2014年以降、急速に拡張されている強制収容所が北朝鮮北東部、豊渓里(プンゲリ)の核実験場に隣接する「化成収容所」だ。ここは一生出られない「完全統制区域」で、これまで韓国に脱出した人は一人もいない。

 

政治犯収容所の警備隊員として1980年代から90年代の8年間で4カ所の収容所で勤務し「政治犯を虐待する側」だった安明哲(アン・ミョンチョル)氏(94年脱北)は、「91年頃から、核実験場の建設には化成収容所だけでなく複数の収容所の囚人収監者が集められたが、戻った者はおらず行方不明だ」と証言している。

 

安氏によると、建設作業は「万塔山(マンタプサン)工事」と呼ばれた。万塔山は豊渓里近くの2000メートル級の山で、当時は何の工事か不明だったが、その後、核実験場の建設だったことが分かったという。豊渓里では2006年以降、6回の地下核実験が実施された。

 

姜氏によると、化成では14年以降、5つの「村」が造成されている。宿舎や村の規模から収監人数は約8万人から10万人規模と推測できるという。化成の拡張が耀徳の解体と並行していることから、姜氏は「耀徳の収監者が化成に移送されている可能性が高い」とみる。

 

北朝鮮の政治犯収容所は山間部の谷に造成されることが多い。険しい岩山に囲まれ平地から隔絶した盆地という地形は耀徳、化成に共通している。収監者の移送は米偵察衛星を警戒し、夜間に行われることが多い。北朝鮮の核実験は2006年、09年、13年、16年(2回)、17年の計6回だが13年以降、ペースを速めている。

 

姜氏は拡張された化成収容所の収監者が核実験関連作業の「使い捨て」になってきたとみて、情報収集を続けてきた。姜氏は「北朝鮮は核実験の秘密を守るため、死んでも構わない収容所の囚人を犠牲にしてきたと考えられる」と話す。

 

1990年代以降、化成収容所から4万7000人の消息が不明になったという情報があり、「化成収容所は国際的に知られておらず、核実験に囚人が動員されている疑いを含め、国際社会が追及する必要がある」と訴えている。

 

7回目の核実験が終われば…

オンライン会議を主催した「NO FENCE」の宋允復(ソン・ユンポク)副代表は、「収容所からの脱出者証言から、北朝鮮は有事になれば最初に政治犯収容所の収監者の全員殺処分を決めていることが判明している」と話す。

 

人道犯罪の隠蔽と秘密保持が目的だという。宋氏は7回目の核実験について「小型戦術核のためで最後の実験になる可能性もある。収監者たちは近い将来、殺害される恐れがある」と指摘する。各収容所で囚人の殺害の準備を始めているとの情報もあるという。

 

(編集委員)

 

在日朝鮮人帰還事業 北朝鮮による「地上の楽園」との宣伝を受け、在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)が帰還船で在日韓国・朝鮮人約10万人を北朝鮮に帰還させた事業財産と労働力が目的だった。日本に残った親族が、北朝鮮の〝人質〟になった人々へ、金品を送り続けた。

 

姜哲煥氏 北朝鮮平壌(ピョンヤン)出身。1987年に耀徳収容所から釈放された後、92年に脱北し、韓国に亡命。脱北や政治犯強制収容所についての著書や講演活動で知られる。韓国紙、朝鮮日報の記者を経て、「北韓戦略センター」代表。






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最終更新日  2022.11.23 22:24:49
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