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週初めの月曜日に『Million Dollar Baby』という映画を観てきました。
夫が選んだ映画で、私はその内容も、実は映画のタイトルさえ知らずに 観に行ったのです。席に着くと題材はボクシング!私はこの手のものが苦手です。 主演の女性ボクサーが血を流して闘うという格闘シーンの激しさと、 痛そうな感じに怖じ気づいて、だんだんとおしりが下に下がり小さくなって見るばかり。でも思いがけず心に残る映画になりました。 ボクシングが背景にあるけれど、それがメインなのではなく、 ボクシングを通して自分に欠けている部分を補い合いながらお互いの関係性を深め、存在証明をしていくボクサーとトレーナーの物語なのです。 たった一人の家族である娘に理由は分からないけれど、拒絶され続けている父(トレーナー)。娘宛に送る手紙は封を切られないまま、毎回送り返されてきます。 そういった喪失感をもち、自分がもっともっと本気で忠告しなかったばかりに、あるボクサーを失明させてしまったことに罪悪感を抱き続けているクリント・イーストウッド扮するダンが、ボクサーを志願するヒラリー・スワンク扮するマギーをボクサーとして育てていく過程での心の動きを繊細に描いています。 一方、マギーも不遇な境遇ながらボクシングにかける情熱は人一倍あって、家族との絆を失った今、小さいころに亡くした唯一の理解者だった父とダンを重ね合わせていきます。 その何気ないやりとりが2人の心情をとても現している感じでした。 言葉にするにはちょっと難しいけれど、 「生きる」ということの価値を何に見いだすか・・・ということを考えさせられる映画。 でも、誰にとっても共通しているのかな。 自分の命が消えるときに「いい人生だった。」と思えるような充足感。 自分がもっとも必要としている人から「愛されている」と確信する満ち足りた気持ち。それはきっと誰にとっても、大切な要素ですよね。 だから、ストーリーの結末としては悲劇とも言えるものだったにもかかわらず その2つが満たされていたから、なんとも言い難い温かい思いが胸に残る映画になったのだと思います。 クリント・イーストウッド、ヒラリースワンク、そして脇を固めるモーガン・フリーマン。 それぞれの過去から抱えている心情に気持ちを馳せてしまうほど、それぞれの演技がその人の抱えた人生を物語っていました。 この映画は、アカデミー賞4部門(作品賞、監督賞、主演女優賞、助演男優賞)を受賞しています。 以前に、やはりクリント・イーストウッド監督作品である映画について、リンクさせていただいているまっくさんが書いていらっしゃいましたが、改めて監督としても俳優としてもクリント・イーストウッドのすごさを感じ入りました。(ファンになってしまったかも) 話はずれて、前日、はじめての息子のサッカーの試合があり、そのとき息子、大泣きしたのです。 もうそれはそれはすごい泣き方。 息子が出れる4試合のうち、3試合は負けていました。 最後の一試合は「ぜったい勝ちたい」と、ものすごく意欲はあったようなのですが、試合直前、遊んでいて鉄棒から落ちてお腹を強く打ち、最後の試合が選手交代になって出られなくなってしまいました。 「試合に出たかったーー」と泣いても、自分で蒔いた種。 それまでの試合で、なんとなく全力を出し切れていなかったようなのも(気持ちの部分でそんなふうに見えた)、悔いの一つでしょうか。 ・・・そんなこと本人は考えていないかな? でもあとでやろうとのんきに構えていたことが、どこでどんなふうに叶なわなくなるか分からない。だからその時に全力を出し切っていないと悔いが残るかも知れないんだ。 そんなことも、この映画を観た後に息子のことを思い出しつつ思いました。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2005.06.08 21:03:00
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