昨日、立山祐二さんのセミナーに行ってきました!
セミナーでお話を聞いて、帰ってから立山さんの著書を読んで・・・
私の中にも明るい未来のビジョンが浮かんできました。
いいこと探検家さん(立山祐二さん)のHPのフリーページにあった「未来の地球ビジョンを描こう」を読んで思い浮かべたイメージもかなり重なっているのですが・・・。
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ほとんどの家庭の形は核家族からおじいちゃん、おばあちゃん数世代が一緒に暮らす家族の形に変わっている。
学校は真に学びの場となり、クラスは少人数制。先生の話はいつもとても興味を惹かれ、聞くことがとても楽しい。
そして質問したくなったときには、手を挙げて質問する。
先生は待ってましたというように、質問に応えてくれ、自分の実体験を交えながら話してくれる。
友達が質問したり、先生の話を聞いたりするのも、とても面白い。
いつしか先生もみんなも一緒になって、話がどんどん膨らんでゆき、素晴らしいことを思いつくこともある。
それぞれが自ら考え、何かを生みだしたとき、それはとても嬉しい体験だ。
休み時間には柔らかい草の校庭でいっぱい遊ぶ。たくさん遊んで、いっぱい汗をかいたときはちょっと木陰で休むと涼しくなる。
オゾンホールはとうの昔になくなっているので、紫外線の影響を考えることはない。
給食には近くの農園で育った新鮮な野菜を使った美味しい手料理が出る。
その農園には子ども達もよく手伝いに行っている。
子ども達は育つのを見守ってきた野菜たちが太陽の下で実っている様子を思い浮かべながら、自然の恵みに感謝しつつ、給食を平らげる。
授業で、集中力と創造力をたくさん働かせ、体もめいっぱい動かした子ども達は帰途につく。
道路、と呼べるものはたまに運搬用の太陽電池車がゆっくりと走っているくらいで、あとは皆、徒歩か自転車で仕事に行ったり、買い物にいったりするので事故などの心配はない。
ほとんどの家庭が菜園と広い庭をもっているので、街中にとても緑が多い。
地域のほとんどの人たちが、なんらかの形で関わっているので、子ども達は帰り道で出会う人たちと挨拶を交わしたり、お喋りをしながら、そして季節の変化を感じながら帰ってくる。
お父さんやお母さんは働いている家がほとんどだけれど、
家に帰るとおばあちゃんやおじいちゃんが迎えてくれる。おばあちゃんが作ってくれたおやつを食べるのも、
おじいちゃんの趣味を眺めたり手伝ったりするのも楽しみの一つだし、
近所の友達を交えて一緒に遊ぶのもやっぱり楽しい。
近所で働いているお父さんやお母さんは夕方には帰ってきて、お母さんとおばあちゃんは大体一緒に料理を作る。
お父さんとおじいちゃんで料理を作ることもある。それを手伝ったりもする。
そして、みんなで一緒に夕ご飯を食べる。
夏でも夜は涼しいので、窓を開け放ち外からの風を感じながら、その時々に咲いている花の匂いや緑の匂いを感じながら楽しい夕食をとる。
今日あった楽しかったことや、感動したことなどを家族に聞いてもらいたい。話すと、みんなの笑顔が返ってくる。
そして今度は、お父さんやお母さん、おじいちゃん、おばあちゃんの話に耳を傾ける。
みんな誇りをもってやっていることがあるので、すごく生き生きと話すし、聞いていてわくわくしてくる。
みんながそれぞれを尊重していて、とても大事に想っている。
それは友人にしても、先生にしても同じこと。
それぞれが誇りをもって、自分が大切にしているものを感じながら過ごしているからか、誰もが素敵に輝いていて、何かを与えてくれる大切な存在なのだ。
休日には、近くを流れている川(生き物が集まってくる自然の川)で水遊びをしたり、
近くで催されるイベントに参加したり(こういうことを企画することが得意な人たちが楽しいイベントを開いてくれる)、
お父さんの友達の家族や、おばあちゃんの友達の家族などが来て、みんなで野菜を収穫したり、楽しいことをしたりする。
先生や友達みんなとピクニックにいくこともある。
楽しいことがまわりにいろいろあって、遠くまで出掛けていくことはあまりない。
食事はその地域でとれた新鮮なものを食べる。
輸送に関わる車が少なくなったし、車の排気ガスというものは皆無になり、工場などの排ガスなどもすべて空気を汚さない方法がとられたし、エネルギーは太陽光や風力などのクリーンエネルギーになったので、夜には満点の星空が見える。
もの作りの基本に「喜んでもらえるものを作りたい」という気持ちがこめられているので、作り手の気持ちが伝わってくる「もの」に対して、人々の愛着は深い。
コミニュケーションが飛び交っているので、よけいにその想いが伝わってくるのだ。
それを大事に使いたいという気持ちからか、ゴミというものがほとんどなくなっている。
生ゴミ・・・たとえば野菜の皮なども農薬の心配がないので、みんな食べてしまうのだ。
老いていくことに不安もない。
周りにはいつも誰かがいるし、誰もがつながりを感じている。
お医者さんという存在はいなくなってしまったけど、たいていの場合はすぐによくなってしまうし、不治の病にかかってしまっても、それぞれの人が死というものを静かに受け入れている。
その人自身が、まわりの人たちがその生をとても大事にする。
土いじりは誰もが好きなことの一つだ。 庭で作る野菜も、仕事というよりもしたくなることなのだ。
土に触れていることは、なんともいえなく気持ちよいし、地球の上に生きているすべてのもの、微生物も虫も鳥も生き物すべてが助け合いながら生きていることを実感できるひとときでもある。
もちろん植物が育っていく様子を見るのは心躍るひとときだ。
そして、今日もほどよい疲れを感じながらぐっすり眠る。
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勝手に浮かんできたビジョンを描いてみました。
夢物語です。でも描いているうちに優しい気持ちになりました。
立山さんは現状を見据えながら、明るいビジョンを描き、行動を続けているかたです。すごい!