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カテゴリ:備忘録
なんとなく備忘録的に。
ちなみに、私の好きな言葉は「人生切り売り」。 あ、これ、遠い昔に私が作ったことばです。 ----- 先日某ホテルの支配人さんより、 スタッフ少人数のお酒の席にお招き頂きました。 そこはかしこまった感じではなく、 「仕事上がりに、仲間内で一杯」といったフレンドリーな感じ。 現場に同僚も上司もいない、ひとりの私は、 なんだかとっても楽しませていただきました。 いざという時に、仲間がいるという環境はいいなあと うらやましく思ったりもして。 その流れでむらかみの独身話が出たりしたわけですが、 「まあ、これは縁ですからね」と当たり障りのない いつもの所に話題を収束して頂きました。 しかしですね、 むらかみ、殿方にモテないんです。 なぜなのでしょうか? 時々「なぜ私は殿方にモテないのか」ということを考えます。 しかし一人で考えると、自分を「人間失格」だと思ってしまうので 精神衛生上よろしくないのです。 というわけで、男性目線の意見を聞くために むらかみが「コイツ、めちゃくちゃいいヤツ!」と思っている 友人タナヤンと電話で話しました。 そしたらコイツ、言うに事欠いて 「モテないことないじゃん」と言うのですよ。 私の記憶にそんなステキな出来事は保存されていない。 名前をつけて保存でファイルを増やすどころか ひとつのファイルの上書き保存すらされていない、 っていうかそんなファイル名そのものがない。 「だって恋愛の話チョコチョコあるよね?」 何を言ってるんですか。 それはあくまでも私の片思いであって、私が発信元ではないか。 モテるというのはあくまでも、私は受信先にならなくてはいけないのだよ! てか、チョコチョコて、ひとつのケースしか話したことないよね? わかった、百歩譲って受信先「っぽい」人がいたのを認めたとしても、 それはタナヤンに以前話したとおり、 ・しっかりした頼れる女に見える ・甘えさせてくれそう ・いつもニコニコと微笑んでいそう ・女たるもの男を立てるべきだ ・仕事しか興味がない女をオトしてみたいというゲーム と、私を誤解している人か 自分の価値観を押し付けて女なら私でなくても誰でもいいような人じゃないか! あたしゃ究極のヘタレだし、 自分を甘やかしたいから男性を甘やかさないし、 自分の信念や美学に反したらそれこそ憤るし、 男を立てるというのは女が自発的に思うことで 男が強要するモンじゃないと考えてるし、 「こうすれば女はオチる」みたいなアプローチは残念ながら 気づいてしまっちゃう困った女なのだよ。 そんな人に微妙な近づき方されてもモテるとは言わない! モテるというのは、 まんざらでもない相手に「あなたを好もしく思っているのですよ」と 意思表明されることを言うのだ! ちなみに、そんな経験が一回もないのだよ! フラれた回数は星の数ほどあるにも拘らず。 これをモテないと言わず、なんというのか! …と、いったことを、熱っぽく語ったり思っているだけだったり。 よく、世間では「選ぶからできないんだ」とか 「選ばなければ、できるんだよ」とか当然のように言われてますが そりゃ選ぶでしょ? 一緒にいて苦痛な人は避けたいですよ。 そんな人と時間を費やすくらいなら、一人の方がよっぽど楽だ! 私を、その人にとって都合のいいように誤解している人とつきあっても 自分が苦痛になるだけじゃないか。 もっと、ちゃんと、私のことをわかってくれる人がほしいんだよう! とかってことを、熱っぽく語ったり思っているだけだったりするわけです。 「大丈夫、お前いいヤツだから、 お前のいいとこ、ちゃんとわかってくれる人、絶対いるって!」 いいヤツっていうけど、タナヤンは受け入れてくれないじゃん!! 「あー、出会うのが遅すぎたよねー」 「お前オモロイから絶対いいヤツなんだって」 オモロイと言われるのは嬉しいけど、 でもそれは女に対する賛辞じゃないし、 世のマジョリティな男性は女性に面白さを求めてないんだよ! 「大丈夫!いいヤツはちゃんと幸せになるようになってんだよ! 根拠?オレが大丈夫って言ってんだから、大丈夫なんだよ!」 なんじゃそりゃーーーーー!!!!! …といった話を交わしたり、実は過去のやり取りを混ぜてみたり。 「私、選んじゃいるけど、でもその基準は『私を理解してくれる人』なんだよぅ」 その後、タナヤンの彼女の話を聞いたりして 面白いといわれる女性が乗り越えられない根深い「女としての劣等感」を 自分と重ね合わせながら語ったのでありました。 まあ、こんなツマラナイむらかみの半生話に 夜中まで付き合わされた タナヤンはかわいそうな人かもしれません。 電話が終わってからシャワーをしながらまたいろいろ考えたのです。 そして、閃いた。 私今まで、「自分の理解者」を求めていたつもりだったのですが、 その認識はちがっていたのではないかと。 私が本当に求めていたものは、私という人間にも存在価値があるのだと、 女性としての存在価値があるのだと、 最後まで信じ抜いてくれる人なのではないかと。 「理解者」を一歩越えた、「信じて抜いてくれる人」なのではないかと。 で、ずっとそのまま想像は展開して、 仕事上における私の立ち居地もそうあらねばならない!と思ったのです。 その宿の理解者ではなく、 この宿には魅力がある!泊まりに来るに値する魅力がある! インターネットでもっともっと集客して喜ぶお客さまを増やせるのだ! 絶対大丈夫なんだから!と 最後の最後まで信じぬくのが私の立ち位置だ、と。 このスタンスに足を固めるためには、 その宿や担当者の思いを理解するのは当たり前のことで、 私は理解者からより一歩先に踏み出さなくてはならないのだ!と 夜中に一人でなんかテンション上げてました。 ところでどうしてこんな発想が生まれたかというと、 今日の午後、私がとても信頼している女性の先輩からメールを頂いたんです。 体調を崩されて、入院をされてからというもの 半年近くお会いしていません。 この先輩のおかげで今の私があるといっても過言ではないんです。 その先輩のことを考えていたら 「こんな私にでも使命があるんだって、いつもいつも私のことを信じてくれてたんだ」と 先輩のこれまでの励ましの根本精神に気づかされ涙が止まらなかったのです。 という美談のあとに むらかみがモテない理由わかる人・想像がついた人は教えてください という低俗な依頼で〆てみる。 ←1日1クリック☆ありがとうございます お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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