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11日は中尊寺と毛越寺に行きました。画像はありませんが(^^;)あまりにいろいろな想いがあふれてまとめきれずまた帰宅後のバタバタも加わり、更新が遅れました。
中尊寺があるのは平泉、平泉といえば、義経をかくまった奥州藤原氏で有名で、中尊寺はその栄華を誇った藤原氏三代のミイラが収めてあることでも有名。 辺鄙な奥州のかたすみに、ありあまる富を用いて京都をしのぐほどの文化の華を咲かせたけれど、義経をかくまってから最後の秀衡没後うちわもめして、幕府軍にほろぼされて金色堂だけが残った…。 三代の栄耀一睡にして…なんて中学時代暗記させられたり、 世界遺産にという声もあり、 写真やテレビなどで何度も目にしていたものの、 実際に足を運んで生で見たのは初めてでしたので、本当に来たんだあ!!という感動でいっぱいに(≧∀≦) でも有名だとか世界遺産になるかもとか、そういう事実よりなにより、 屋久島ほどではないけれど、樹齢千年以上あるかと思われるような大木や、そこまで古くなくても、うっそうとした杉木立の木の根元が苔むして緑色がしめる割合が多く、古いものはずっと平安時代から存在していて、いろいろ見守ってきたようで、栄枯盛衰のロマンと悲哀、また緑自体が与える安らぎを感じました☆ 中国の詩人杜甫の句、 国破れて山河あり、城春にして草木深し はまったく平泉もその通りと芭蕉も涙にくれたそう。 夏草や兵どもが夢の跡 という芭蕉の平泉の金鶏山にて詠んだ句も意味は大体同じで、人間の栄枯盛衰に関わらず草木はなにごともなく生い茂り、人間の力のはかなさを思う意味であり 学習当時もそう理解はしましたが、上記したように私は生い茂る自然の方に目がいき、 栄えて乱れて、また静かになった地で、なにごともなかったようでホッとしたかのように生命力を発揮させる自然に思いを馳せていましたが、 今は、自然の力とそのかもしだす空気と、藤原氏の栄華と衰退、そして、義経だけでなくかくまったのにかくまいきれなかったせつなさまでも含めた様々な想いでいっぱいになりました。 また、神社仏閣はもともとよい気が流れている場所に建立されていることもあり、いるだけで落ち着き、和み、また自然も生き生きしているのをみてさらに癒されるということもありますが、 季節の移り変わりや自然を愛でるゆとりはやはり、余裕のない若い頃には経験できなかったことであり、 子供の頃にはよさがわからなかったけれど、今は純粋にこういう場所を訪れることの心地よさや感動を理解できたり感じられるようになり そのこと自体もとても嬉しく思うのでした(*⌒▽⌒*) 毛超寺の庭園も本当に美しいもので、平安時代の貴族の暮らしが垣間見られる想いでしたが、やっぱり中尊寺のインパクトが強すぎて、想いがあふれていっぱいになってしまいました^^ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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