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カテゴリ:日記:思うこと
私のアメリカにいる親友の一人で牧師の妻をする友達がいます。
彼女とは神学校で出会い、それ以来ずっと親友。 彼女は神学校時代にダーリンと結婚をして、今は子供にも恵まれて教会の開拓伝道に夫婦で励んでいます。 彼女の信仰はいつも安定していて、日々私をいろんな形で励ましてくれました。 頭が本当に良くて、優しい友達ですが、最近祖父がお亡くなりになられました。 それも、アメリカンドリームで大成功を収めた大企業家で、資産数千億円。 その遺産とや、ものすごい金額となります。 数億円が友達にも入るとは思いますが、彼女は貧しい道を選んでいます。 豪遊することなく、ただただ、普通の生活を送っています。 そういう彼女を見ていると、いつもイエス様を思い出すんです。 イエス様はすべてをもっていたけれども、最高に裕福だけれども 貧しい人となり、貧しい人とおり、 貧しいものを忘れず、 貧しいものを助け、 貧しいものと生きた方です。 私だったら大豪邸を建ててしまいそうですが 彼女のフォーカスはやっぱりイエス様から離れず 地に足ついて、日々伝道に励んでいます。 そんな彼女を見て私はなんて幸せ者なんだろうって思います。 ステキな友達に恵まれて・・・ 億というお金はないけれど 彼女という友達が私にとっては人生の財産です。 キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。 ピリピ人への手紙 2:6-7 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2016.07.26 19:59:06
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