ラジオのごとく
両耳に補聴器付けし老人のラジオのごとくしゃべり続けり 先日、急行電車に乗ったら発車間際に老人が慌てて乗り込んできた。「常滑に行くか?」と車内に向って誰ともなく聞くので、後ろの席にいた自分が「行くよ!」と。が、どうも耳が不自由でこっちの言うことが良く聞き取れていない様子。何度も大きな声で「常滑に行くよ」と俺。そうしてる間に電車は発車。常滑に行くんだから、まあこれに乗っていれば問題はない。が、まてよ、終点まで行ったら空港に着いちゃうぞ。二つ手前の常滑の駅で降りるつもりかな?気になって「どこで降りるの?」と聞いてみた。聞こえていないらしく、なんやらどうでもいいことを一方的にしゃべりだす。こっちが何か言おうとしても無視してしゃべり続ける。話をどうにか遮って聞いてみると、何と! 返ってきた答えが「長浦」。おいおい、そこは急行電車は止まらんぞい。常滑まで行くんじゃないのかい。長浦の先の先まで行かないと止まらんし。だいいち、長浦がどの辺にあるかも分かっていない様子だ。その事を伝えようにもこっちの言うことが聞こえていない。見ると両耳に補聴器を付けている。補聴器はあまり大声でしゃべると、音がワンワン響いて返って何を言っているのか分からん様になるし・・・。しかたないので、メモ帳に書いて筆談に。しかし、揺れる電車の中で書いた字が読めないのか、反応がない。 そうこうしている内に、自分が降りる朝倉駅に着いちまった。ええいしょうがねえ、関わりあった俺が責任持とう。腹を決めて一緒に降りてもらうことに。長浦は次の次の駅だから車で送ってあげよう。そう思っていっしょに降りてもらった。しかし、何故そんな事になったかを当人は全く理解していない。筆談で説明すが、どうにも飲み込みが悪い。とりあえず、歩いて数分の家まで連れて行こう。老人の事とて足が遅い。その内、当人は不安になって来たらしい。「親切にしてくれるのはありがたいが、貴方の家まで行く意味がわからんし、心配だ」と言うようなことを言い出した。じゃあ家に電話してカミさんに迎えに来てもらおう。そう思って電話するも、カミさんが電話に出ない。買い物にでも行ったのか?もしそうなら家に行っても車は無いぞ。何のためにこの爺さんを連れて来たのか分からんぞ~。困った!この爺さん言ってる事が良く分からんし、こっちの言うことが伝わらない。外人より始末が悪い。八方ふさがりだ。 もう仕方ない。後から来る普通電車に乗ってもらおう。初めからそうすればよかったんだ。くそ。キップが勿体なかったが、自分が出せばいいだろう長浦までの160円。切符を買ってホームへ。電車が来るまで5分もない。足が遅い。階段もけっこう長い。これを逃すと30分後まで普通電車は来ないぞ。階段を上りながら爺さんが言う。「時間ばかりかかって、電車賃も損して(自分が出すといって聴かなかった)、何でこんな目に遭わなきゃならんのか・・・・」。「だから~、急行に乗ってしまって・・・」「長浦に止まらないので、朝倉で降りて・・・」「・・・・・。」 「つぎのつぎ」と書いた紙を渡して、直ぐに来た電車に乗せ、ホームで見送った。「長浦に行けば自分の行くところは分かる」と言っていたのを信じて・・・・・心配だ。ちゃんと「長浦」で降りただろうか・・・・・。目的地まで行けたんだろうか・・・・。電車を降りてわずか23分間の出来事だった。ものすごく長い、困惑の23分だ。こんな耳が聞こえず、筆談も、身振り手振りも通じないというのは、外人を相手にしているよりなんかしんどいか、ほとほと身にしみた。