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歌 と こころ と 心 の さんぽ

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2018.11.19
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カテゴリ:話題・情報

♪ 創作の衝動こそが人ならん創に生きゆく一パーセント


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 用事をまとめてたまに出掛ける名古屋。
 大津通は歩行者天国となっていて、好天に恵まれたこともあってけっこう人が多い。

 法海寺の両界曼荼羅を描いた画家が栄地下のギャラリーでちょっとした展示会をやっているというので立ち寄ってみた。本来の洒脱で手慣れたスケッチが並んでいる。海外の何でもない風景を、スナップ写真のように描いたもの。こういう絵には憧れている私。
 同時に隣室で、弟子の女性ばかりの作品を並べた「個性派女流12名展」も併設している。

 

 83歳で曼荼羅を仕上げた苦労話や絵画教室の講座を半分に減らしたことなど、年齢には勝てない旨の話などに終始したのは致し方ない。それでもまだまだ意気は盛んのようだった。



 数々の画業は画壇に属さずやってきた、その自負と苦労のことばが重かった。私の絞り染めのタペストリーを玄関に飾ってあり、毎日それを見るのが楽しいという話を最後に伺い、嬉しさを胸に画廊を後にした。


 愛知県美術館が改修工事のため使えず、今年はギャラリー(納屋橋Komore-高山額縁)でやっているグループ展「表現者たち」があり、そちらにも足を運ぶ。


男3人は31年生まれの同級生

 日曜日だというのに客はおらず、出品者が奥の椅子に座っているだけでちょっと寂しい。御大ペペの死で求心力を失ったのが理由、ということでもない。とても曖昧な「表現者たち」という主義主張のあまりない集団なので、出品者の自己満足に終わってしまう傾向がある。

 部屋から持ち出して別の空間に展示することで、その作品の存在感を確かめたいということもあるし、日ごろ制作しているものをたとえ仲間内だけでも見てもらう事で、長所や欠点が見えて来るということもある。
 県美術館での展示が本来の姿。それに比べれば今回は立地も悪いし会場も小さい。客の動員もけっこう難しいところも有って、今回は仕方がないのかも。
 出品者12名の内の一部の作品を紹介します。


 

 大谷氏のマクロレンズによる花のシリーズと、メキシコなどを遊学した経験を持つアントニオ・なかねの作品。

 

 錆びたブリキの看板風に描くのが得意の作家は、古色を旨とし昭和の懐かしさの中に風刺やウィットにとんだ作品には定評があり、いつも楽しませてくれる。髭を生やし安楽雅志という名の彼は「ひげラク図絵社」を構え、小さなパンフから大看板まで幅広く制作して活躍している。鳥観図も得意で、名古屋市名所鳥観図なども手がけている。



 メカニカルな可動の立体作品を作る「伊藤技術研究所」を運営する伊藤伸朗氏の作品は、説明が何もないので何なのかが分からない。スコープの付いた銃の様だが、そんな単純なものでは無いはず。
 一応、QRコードを読み込んむと分かるようにはなっているが、それは面倒だし私にはその手立てがない。



 陶芸家の新美隆利氏は、陶板による陶壁を得意にしていて、久し振りに会えるかと思っていたが来ておらず。急ぎの仕事が入ったとの事で、(前日には来たらしいが)抜けられない状況らしい。大きな凄いでかい工房を持っているので、時どき大きな仕事が入る。




 セルフポートレート。なかなか良い写真もあるのに、この様に固めて展示してしまうのは勿体ない感じ。
 敢えてその事による効果を狙ったのなら、残念ながら私には伝わらなかった。



 こちらも写真作品。デジタルとアナログの両方を使って「真を写さないメンドクサイPhotograph」を撮っているという。


「イロ カタチ モノ」 わきたりえ


紗に絵を描き二重構造にしている作品。徳山ゆず
 

版画 猪島健彦 「真を写さないメンドクサイPhotograph」も同じ作者


 こちらは小田切新平による、宗教画、仏画にして、写真作品という、悠久なる人類の美術史上、初めての作品と謳った「なむ しばられ ぼさつ ちゃま まんだら」



 「日々暮らしていくなかでの小さな祈り、少しずつの悟りを描いている」と言われても何のこっちゃ、良く分からない。手を合わせ合掌する気持ちそのものが菩薩の境地に近ずく行為なのだという。それをやって見せているという事?



 人間は、カルマ(因縁)にがんじがらめにされて生きている。カルマを縛ることで祈り、合掌を表し、それを日々目にする景色の中に置いて見せる。本人曰く「ドキュメンタリー的仏像写真」。


 じっくり見ればなかなか力作ぞろいで面白かった。技法もジャンルもバラバラで、「われ関せず」というところで個々人が自分を出す。目的があると言えば、その集合体が何かのメッセージを発信していく、とうところだろうか。いや、目的なんか設定しておらず、「表現者のあるがままを出す」ことが全て、と言ってもいいのだろう。

 内面に湧き出て来る「何かを作りたい。表現したい」というものは純粋なもので、プロもアマチュアもその根本は同じだろう。それらの発表の場があるということに意義がある。






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最終更新日  2018.11.19 10:57:57
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◆2006年5月8日よりスタートした「日歌」が千首を超えたのを機に、「游歌」とタイトルを変えて、2009年2月中旬より再スタートしました。
◆2011年1月2日からは、楽歌「TNK31」と改題しました。
◆2014年10月23日から「一日一首」と改題しました。
◆2016年5月8日より「気まぐれ短歌」と改題しました。
◆2017年10月10日より つれずれにつづる「みそひともじ」と心のさんぽに改題しました。
◆2019年6月6日より 「歌とこころと心のさんぽ」に改題しました。
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