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私の亡くなったおばあちゃんは、街に一緒に買い物に行くと、ふらふらっと吸い込まれるように
募金を呼び掛けている人の方へ向かい、募金をしていた。 多分、その内容は読んでない、聞いてない、見てない。 見て見ぬ振りが出来ない性格と、真面目さなのだろうか? 私は小学校の時に、緑の羽根や、赤い羽根の募金。 鉛筆をダース買いする募金などあったけれども、低学年の時は羽根がうれしくて 募金をしていたけれども 高学年になるにつれ、親にも言わなくなっていた。 「誰かするだろう」と 今回の大震災で、私の妹もさいたまで不便な生活と、地震に怯え、寿命が縮まる思いをしているけれども、 東北の人はもっともっと大変な思いと、この先の生活への不安を抱えていることでしょう。 『いっち』は中学生になっても、羽根募金はずっと続けている。 そして、この震災で学校でも募金が始まったらしい。 いつも私の財布から、微々たる募金をしていた『いっち』に、 自分のお小遣いから、出しなさいと、 半強制的に言った。 「このお金で、1人の人が〇日暮らせるとしたら、私たち家族4人がしたら、4人家族が〇日暮らせるんだよ」 結局、渋った『いっち』は間をとって、 「じゃあ、これくらいで」と、値切り??言い値の少しを学校に持っていき寄付し、(中学生らしい金額だけ持たせました) 残りは、別の義援金の箱に入れることにした。 やはり、自分のお小遣いからとなると、太っ腹にはなりきれないわが子ですが、 その思いにうれしく思います。 そういえば、学校でペットボトルのフタも集めよう、というプロジェクトも、頑張って集めました(私が・・・) 自分に出来ることって微力かもしれないけれども、 「誰かするだろう」の気持ちでは、何も変わらない。 1歩踏み出す『行動力』が自分やみんなを変えるのだと。 『いっち』の行動に触発されて、多くの中学生がこの災害に自分のことのように受け止めてほしい。 別に、お金を寄付しよう、ではなく 節電や節約、頑張っている被災者の方へ恥じない生活を送ってくれたらいい。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2011.03.20 01:19:06
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