最果ての世界

あれから、何年か過ぎた。それでも、あの日を夢に見る。

私は、あれから同じ体験をした患者の身内と色々と研究をしている。
『記憶喰』についての論文や資料を集め、読み耽ったり。
もちろん自分たちで調べたりもしているし。
そして、当時の私が知らなかった事もたくさんあった。

『記憶喰』による一種の記憶喪失、それは普通のケースと異なる。
一般的なケースとしては、事故などで衝撃が加わった場合。
もしくは、精神的な衝撃もありうる事を知った。
ヒトの記憶には、３つの操作が行われる。簡単に言うとビデオのようなもの。
その記憶を『録画』し、棚に『保管』し、必要に応じて『再生』をする。
例えば、彼とのデートを録画し保管する。そして、何かのきっかけで再生するのだ。
外因的にしろ、精神的にしろ、不可能なのは『再生』という機能。
『記憶』そのものは存在しているのに、それを思い出す事が出来ないのだ。

それに引き換え、『記憶喰』の場合は全く異なったケースとなる。
そう、再生するべき記憶自体が存在しなくなるのだ。
そのため、催眠療法などを試しても成果は上がらない。

私以外にも、結婚した相手が自分の記憶を失ってしまった人はいるだろう。
そして、離婚を選択した人も。きっとたくさんいるだろう。
他の人が聞けば、別れてしまわなくてもと思うかも知れない。
それでも、それしか選択肢がないと私は思う。
確かに、知り合うという最初のステップから始めれば良いだろう。
でも、それでも、知り合って親しくなって。また自分を選んで貰えるなんて思えない。
むしろ、喰われてしまった事に対して罪悪感を与えるかも知れない。
自分を一番に想って貰った事に、嬉しい気持ちがなくなってしまうかも知れない。
『こんな事なら、大切になんて想ってくれなくて良かった。』
そう感じないなんて、誰が解るんだろう。