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カテゴリ:HASIRA生活日誌
その女は、なかなか名乗らなかった。
だから僕も名乗らない。 でも名前なんて何の意味を持たないことを知っていたから、そんな意地の張り合いはナンセンスだ。 「あたしは、あんたのことを理解している。恐らく。誰よりも。」 上等じゃねぇか…と口の中で呟いてみる。 「今、上等じゃねぇか…なんて考えたでしょ。」 うろたえた僕に彼女はウィンクをする。 チッ!なんて厄介な女に惚れちまったんだ。ちょっとした後悔と、満足感。恐らくは今までの女では味わえなかったであろう日々がすぐそこにきている。 それにしてもなんて暑さだ。 僕は汗でべとべとになったシャツを脱ぎ捨てる。アスファルトにへたばったそれは、べシャリとイヤな音をたてる。ジッとしてはいられなかった。突き刺すような日射しが、僕の身体を焼きにかかる。汗が、毛穴中から吹き出してはジーンズに染みる。 それでも僕はここにいなければならない理由があった。 時給にして750円のケチな仕事だったが、ここにいるだけで、シートに座っていようが、寝てようが、何をしてもよかった。もちろんコンビニエンスストアでなんかを買ってきたり、トイレに行く暇くらいは当然の権利としてある。 しかしそれ以外は、この暑い中、この車の前で、そこにいなければならなかった。 何故そんなことをしているのか?そんなことはクライアントに聞いてくれ。僕はただ指示された通り、こうしているだけだ。朝から晩まで。 どうして?そりゃあ決まってる。金の為さ。 この名前もろくに知らない女のために。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2006/01/14 12:38:42 AM
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