草間の半次郎 霧の中の渡り鳥・・・(10)
暖簾をくぐって誰もいない土間に立った半次郎は、仏壇に目をやるとまっしぐらにその前に行き足を止めます。 おとくが二十数年間、新太郎の帰りを待ちつづけているかげ膳を見たとき、半次郎は堰をきったようにその思いを言葉に出します。 半次郎「おっかさん、あっしはこれで、本望にござんす」 そのとき、半次郎は、誰かがいる気配を感じます。 そう、中富とおこよが来ていて一部始終を見ていたのです。今自分がしていたことをみとられまいと、その場を急いで立ち去ろうとする半次郎に、中富が話しかけます。中富 「そうだったのかあ、何もかも俺には読めたよ」 半次郎「へっ、勝手な推量おきなせい。あっしは、凶状旅のしがねえ渡り鳥だ」と捨て台詞を言い行こうとしたところに、中富が半次郎に「相手ははっている、お主一人では危ない」といいます。 待ち伏せているところへ合羽を着て笠で顔を隠した中富が「浜津賀の権兵衛だ」と名乗り、伊之助の呼子で集まってきたのをひきつけている間に、半次郎はおとくとおけいを助けに安五郎の家を目指し走ります。安五郎一家に入った半次郎は、「誰だ」と問われ、半次郎「上州草間の生まれ、半次郎でござんす。推参のしでえは、こちらの親分さ んがご承知のはず、ご免なすって」そういって入って行こうとしたとき、「待ちやがれ」で立廻りとなります。 安五郎や源右衛門がいる部屋までやってきましたが、二人の姿が見えません。何処かと見回すと、おとくが牢に入れられているのが分かりました。 斬りながら半次郎は牢の方へ向かいます。思わず「おっかさん」と・・・いったんは土蔵の前まで行けたのですが、斬りかかって来る刃に遠ざかり近づくことができません。「おふくろさん、おけいさんは・・・」「源右衛門の家に」。 そのとき、駆けつけた中富に、土蔵に入れられているおふくろさんを頼み、おけいを助けに走るのです。中富は安五郎を斬り、おとくを無事に助け出します。半次郎のことが気にかかっているおとくに、「権兵衛はな、お主の供えたかげ膳を見ていった、”おっかさん”と」と、中富がいいます。源右衛門の家に向かっておけいを乗せた駕籠に、半次郎が追いつきます。 逃げる源右衛門と伊之助を斬り、半次郎は駕篭に近づき垂れをあげます。 そして、半次郎はおけいにいうのです。半次郎「もし、おけいさん、・・・仔細あってあっしは縄を解かねえ。猿ぐつわも そのままにしますが、これを・・・(半次郎は涙を流して)・・・これをご 覧なせえ・・・(といい、左二の腕にある三つのほくろを見せます)」 半次郎「・・・だがあっしは、平田屋の新太郎じゃねえ、・・・浜津賀から見た海 の眺め、・・・あの砂浜の砂の手触り、おぼろにそれと思いがあっても、 やっぱりあっしは、義理の父つぁんがいったように、上州草間の生まれの 半次郎だ。・・・二度とお目にはかかりやせん」涙を浮かべはげしく首を横にふるおけい。そのとき、遠くに「権兵衛」とよぶ中富の声がしたので、「それじゃ、これで」と行こうとしましたが、振り向き 半次郎「おふくろさん共々・・・幸せに暮らしなせいよ」といい、駆けていきました。おけいが、おとくに「あの方の左の腕には、三つのほくろが」というと、おとくは「それじゃあ、やっぱり・・・」と、呆然と半次郎が行ってしまった方を見つめます。おけいは「新太郎さーん」と必死に呼び追いかけます。「新太郎、新太郎~」と叫ぶおとくに、中富は「無駄なことだ。いくら追いかけて見たところで、所詮は帰らぬ渡り鳥だ」と言い聞かせます。必死に呼ぶ声を遠くに聞きながら、半次郎の姿は消えていきました。 翌朝、浜辺に立った半次郎は、浜津賀での思い出を胸に、渡世人の世界に生きていく覚悟で旅立っていきます。 (完)