​​​​​​​​​​多加は、普通の女ではない

(この場面は、新吾が自分から初めて好きだと心惹かれた多加に、自分の多加に対する思いを打ち明けるところになります。多加とて、新吾に心寄せているのですが・・・)
大阪の本陣
愛刀の手入れをしている新吾のもとに、半十郎がやってきます。
半十郎「新吾様、例の女が来ましたぞ」
半十郎はニヤリとした顔でいいますと、
新吾　「例の女? 」
半十郎「乾山先生の描かれた似顔絵の女」
新吾　「なに、多加女が」
半十郎「会われますか? 」
新吾　「何処だ」
　
裏口にいる多加のところに急いでいく新吾、多加も新吾の姿が見えると「新吾様」と駆け寄ります。
新吾「おお、やっと会えたぞ」
新吾は多加に会えた嬉しさで胸が高鳴っています。しかし、新吾が多加に期待していた言葉では・・・
多加「多度津では、申し訳ないことをいたしました。・・・実は、徳島藩から、笹
　　　本卯三郎親子追い打ちの一隊が出ております。もしご存知なければとお知ら
　　　せにあがりました」
新吾「おお、​よく知らせてくれた​」
　
多加「追っ手の中には、四国の三虎と呼ばれる高井田勇蔵、加藤与四郎、それに
　　　佐々内蔵介も入っております」
新吾「うん? 佐々内蔵介? ・・・多加、そちは本当に内蔵介の妻女か」
その問いに、うろたえる多加は
多加「どうか、多くをお聞きくださいませぬように」
というと、身をひるがえし走りだしたので、新吾は「待て」と追いかけます。​​​​

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逃げてゆく多加に追いついた新吾は、しっかりと多加をつかまえて
新吾「多加、聞きたいことがある」
多加「お話することはございませぬ」
新吾「いや、聞きたい。多加、内蔵介の妻というのは、嘘であろう」
多加「どうか、身の上などお聞きくださいませぬよう」​​​​​​

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新吾「いや、言う。いわねばつき出すぞ、旅人を狙う女スリと・・・」
多加ははっとして新吾の顔を見ます。やっと新吾と向き合います。​

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新吾は、懐から袱紗に包んだものを出し、
新吾「さあ、これはお前が返して来た金だ、・・・受け取れ」
多加「さぞ、わたくしを、お蔑みでございましょう」
新吾「蔑むどころか、​見事な早業はあっぱれだ​。この金は、おまえのものだ」​​

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ここで新吾は多加に会ったときからの思いを打ち明けていきます。
新吾「わしは、お前に会うまでは、剣一筋に生きて来た。・・・母恋うる淋しさ
　　　も、女の情けにも打ち勝って修業の道に邁進した。・・・だが、・・・
　　　お前に会ってからは、以前の自分ではなくなったのだ」
そんな新吾を見る多加の眼差しにも、本当なら・・・しかし、新吾を受け入れられない苦しさが見えます。​​

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新吾「情けないことだと思う。・・・いや、それでよいのだという気にもな
　　　る。・・・剣の鬼になるより、人間らしい人間になる方が幸せなのかもしれ
　　　ぬ」
新吾の言葉に胸をつまらせ全身の力を失い、倒れるようになる多加。​​​

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新吾「さっ、これを・・・」
と、袱紗に包んだ金子を返そうとした新吾に、多加は胸元から白い包みを差し出し
多加「いいえ、お預かりの二十両は改めてお返しいたします」
それをじっと見た新吾は、「これは・・・」と驚きの様子で呟きます。​​

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多加「わたくしは、スリでも盗賊でもありませぬ。・・・ただ、新吾様のお肌につ
　　　けたものが、欲しかったのです」
多加「お肌につけたものを探しましたが、・・・胴巻の他には、何もありませんで
　　　した」
新吾「わしの肌につけたものを望んだのか。・・・偽りではあるまいな」
多加は「はい」と首を縦に振り返事をします。多加も新吾に対する本心を話していきます。​​​​​​

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多加「佐々内蔵介の妻、と申したのも嘘です。・・・そう言わなければ、お近づき
　　　の道がなく・・・」
新吾「そうだったのか・・・多加・・・」
新吾は、多加が自分に対する思いが分かり、自身の多加への思いも受け入れていることがわかり、新吾の表情が明るくなり、多加も新吾に身をゆだねたい思いになったでしょう。しかし、多加には、愛を拒む何かがあるようです。
　
　　　　
新吾「わしは、そちと別れてからも、・・・その顔が目について離れなかった。
　　　多度津で会った多加の目、人を斬るときの剣士と同じ強さがあった。・・・
　　　多加、・・・そちはきっと、何かをわしに隠している。多加は、普通の女で
　　　はない」
多加「いいえ、わたくしは、そのような女ではありませぬ。賤しい身分を隠したま
　　　ま新吾様に近づき、一夜たりともお側にと思っただけです」
多加は、嘘を見抜かれまいと新吾の顔を見ず言うと、二十両を新吾に渡すと、逃げるように夜闇の中に消えていきました。​​​​​

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　　続きます。