ファトマ・サイード:エル・ヌール
最近クラシックのレビューが歌かピアノに偏ってきた。好みが変化してきたことは確かで、今回もソプラノ歌手のアルバム。エジプト生まれのファトマ・サイードという歌手で、若く美しく、歌も上手いという三拍子揃った歌い手だ。最近、このような欠点の少ない?歌手が大勢出てきて、個人的には歓迎すべきことだ。ワーナーでのデビュー・アルバムということだが、選曲が一捻りされていて、新鮮だ。普通の歌曲はラヴェルのシェヘラザードとその他ファリャ、ベルリオーズ、ビゼーが各一曲。そのほかはエジプトの歌やサルスエラなどが収録されている。バックもピアノ一辺倒ではなく、ギターのほかエジプトの民族楽器であるネイやカーヌーンなども使われている。ネイはイスラム地域で使われている、芦を切って穴を開けた楽器。素朴なだけに、演奏は難しいそうだ。カーヌーンはアラブ地方で使われる伝統的な撥弦楽器。『台形の箱に多数の弦が張り巡らされており、それを日本の琴の様につまびいて演奏する』とのこと。音量は小さいそうだが、深みのあるサウンドで、ハンガリーのでツィンバロンに似た感じのサウンドだ。サイードはアラビア語、フランス語、スペイン語を駆使していて、発音も明瞭だ。シェラザードは有名な歌手が多数録音している。サイードはそれらの名盤に伍して、立派に存在を主張している。第一曲後半のドラマチックな歌唱は見事。また、第2曲にフルートの代わりにネイが使われていて、一気にオリエンタル・ムードになる効果は絶大。ビゼーの歌曲の最高傑作と言われる『アラビアの女主人のお別れ』でもネイが使われていて、この起用は当たったようだ。ファリャやホセ・セラーノのマリネラの歌、フェデリコ・ガルシーア・ロルカの『スペイン古典民謡集』なども極度に洗練されていて、とても美しい。なんと言っても一点の曇りもない澄み切った歌声に癒される。ギターの伴奏は鄙びた感じで、洗練された歌とのコントラストが実にいい雰囲気を醸し出している。ただ、フェデリコ・ガルシーア・ロルカの『スペイン古典民謡集』はテンポの遅い「セビーリャの子守唄」がまあまあで、他はそれほど印象に残らなかった。個人的にはピアノ伴奏はコンサートスタイルで格式ばった感じがする。最後の4曲のエジプトの作曲家による作品は哀愁を帯びた旋律がたまらなく魅力的だ。この4曲ではポピュラー系のミュージシャンがバックをつけていて、いい感じだ。ピアノが時折メロディーフェイクを見せるのも洒落ている。クラシックのミュージシャンには出せない味だ。サイードもポピュラー系の歌い方で、しっくりくる。最後の『Yamama Beida』ではネイと弦楽四重奏曲が加わり、華やかに締め括られる。弦楽四重奏が加わることにより、しっとりとしたエンディングになっている。ファトマ・サイード:エル・ヌール(Warner Classics) 24bit96kHz lac1-3) ラヴェル:歌曲集『シェエラザード』4) ファリャ:『あなたの黒い瞳』5) ホセ・セラーノ:サルスエラ『忘却の歌』~マリネラの歌6) フェルナンド・オブラドルス:『2つの民謡』(お前の一番細い髪の毛で)7) ベルリオーズ:『ザイーデ』8) フィリップ・ゴーベール:『エジプトでの休息』9-11) フェデリコ・ガルシーア・ロルカ:『スペイン古典民謡集』 ~「アンダハレオ」「18世紀のセビジャーナス」「セビーリャの子守唄」12) ガマール・アブデル・ラヒム:『スルタンの娘』13) ビゼー:『アラビアの女主人のお別れ』14) Najib Hankache:『Aatini Al Naya Wa Ghanni』15) Said Darweesh:『El Helwa Di』16) Elias Rahbani:『Sahar El Layali (Kan Enna Tahoun)』17) Dawoud Hosni:『Yamama Beida』ファトマ・サイード(s)マルコム・マルティノー(p track1, 2, 3, 7, 8, 12 & 13)ラファエル・アギーレ(g track 4, 5, 6, 9, 10 & 11)ブルジュ・カラダー(ネイ track 2, 13, 14, 15, 16 & 17)ヴィジョン弦楽四重奏団(17)Tim Allhoff(p track 14, 15, 16 & 17)Itamar Doari(Per. track 14, 15, 16 & 17)Henning Sieverts(b track 14, 15, 16 & 17)Tamer Pinarbasi(カーヌーン:14, 15, 16 & 17)【録音】2020年1月、ベルリン、イエス=キリスト教会(track 1-13)2020年2月17日、ベルリン、エミール・ベルリナー・スタジオ(track 14-17)