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テーマ:ノンジャンル。(2210)
カテゴリ:映画
高層ビルの47階から落下すれば100%即死だと誰もが思う。この記事はおよそ一ヶ月前にニューヨークで起こった事故であるが、まさにアンビリーバボー。奇跡以外の何者でもないと誰もが口を揃えて言った。
事故が起きたのは2007年12月7日。二人の窓清掃員が仕事中誤って47階の高さから地上に落下。一人はその場で即死。しかしもう一人のAlcides Moreno氏は「脳内出血、内臓損傷、全身骨折」と言う重体を負いながらも9回の手術の末、奇跡的に命を取り留めたと言う。 専門家の話によれば、「4階か5階からの落下で50%の人が死亡する。10階、11階の高さになれば、ほぼ100%助からない」という。 彼が助かった理由は憶測でしかないが、多くの偶然が重なった結果かも知れない。ただそれだけ理解出来るものではない。運が良かったと一言で片付けるには余りにも信じ難い事例であるだけに興味は尽きることが無い。 落下する際彼は約570キログラムのアルミニウム製つり台にしがみつき、それが空中で「サーフボードのような役割を果たした」ためだと推測。 高層ビル群が立ち並ぶNYではビルとビルの隙間に気流が発生することは珍しくない。その気流の流れも今回の事故に大きく関わっているものと思われる。 まさに「九死に一生」とはこの事である。 人間を支配しているものは時間であり、この世に誕生した時点で時間だけは平等に時を刻み始める。が、ただし個々で時間の配分は運命の如く、短時間でその生命を終えてしまう者もいる。大半は順調に育ち、健康を授かり、時間すら意識する事なく、大人へと成長を繰り返し己の道を歩み始める。 人生の道は舗装された平坦な道ばかりではなく、時には凸凹だらけの険しい道もある。眼の前に目標がある、しかしそれを遮る大きな川がある。目標は手の届く所に見えているのだが、この川を渡る橋が見当たらない。 目標を目前にしながら諦めるか、別の選択をし、別の橋を探すか或いは泳いで渡るか選択支は幾つかあるが、これが激流だったとしたら、川を渡ることを躊躇うのが一般的な考えだ。 だが諦めるのは早計。ビルから落ちて助かった人のように100%無理だと言う中にも希望があることを忘れてはいけない。どんな過酷な状況に陥っても絶望の中に奇跡と呼べる空間が僅かでも存在する事を数秒の内に身体が身を持って証明してくれるのである。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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