ペンションはハズレましたけど、、
今回の旅行で一番印象に残ったのが
「唐人お吉」
了仙寺に寄ったときに一代記を閲覧しました。。
| これが了仙寺によったときに買った
「唐人お吉一代記」
(以下唐人お吉一代記より)
1854年ペリーを乗せた黒船が下田港に来たときからお吉の波乱に満ちた生涯が始まる。
ペリーがこの了仙寺で開国下田条約を結び初代のアメリカ領事館にハリスが着任。
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| 当時52歳のハリスが
お吉の湯上り姿をたまたま見かけて
・:*:・( ̄∀ ̄ )。・:*:・ポワァァァン
と来ちゃったのがお吉の悲劇の始まり…
52のおっさんが
17の娘にときめいちゃうんだものね~~
まぁ、お吉の美貌も有名だったらしいけど。
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| さて、
このハリスというのが頭が硬かったそうで当時の幕府は頭を抱え込んでいたらしい。
そこで侍女を領事館に置くことでなんとか両者緩和しようと試みたらしい。
つまりハリスに見染められちゃったお吉がいるからこれは持って来いだ!
みたいなね。。
でもお吉は多額のお金を積まれても
「いやでござんす」
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当時お吉には4歳年上の鶴松という
恋人がいたのでした。
我が恋にいきるかお国のために生きるか?
お吉は死ぬ覚悟で大役を引き受ける。
恋を諦め御国のために…
お吉の胸は張り裂ける…
今でいう外交官的役割ですね!
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| でも離れ離れになった恋人の鶴松のことが忘れられずにお吉は25歳のとき江戸に趣く旅に出る。
鶴松に出会えて28歳のときに結婚、しかし3年間だけの夫婦生活だった。
原因はお吉の酒乱。
領事館に従事してたときからお酒で気を紛らわせていたらしい。
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以後、お吉は酒乱が祟り47歳で中気になる。。
今で言う脳卒中みたいなやつだと思います。。
その病が辛かったんじゃないでしょうか?
50歳の大雨の日に川の淵に身を投げて自殺。
これが↑上でリンク先にある「お吉ヶ淵」
さて、お吉って不幸だったんでしょうかね~~~
ま、最後の自殺からするとまさに悲劇的なのかも!
でも領事館の侍女になったがために後世まで名を残すことになった
ともいえますね。。
そしてまたそれだけの役をこなす魂の器があったのかもしれない!
という見方もできますよ。。
お吉は16歳の頃は芸妓だったようですけど、、
ハリスに惚れられなければ単なる芸妓の人生で終わって、、
もちろん後世に名を残すこともできなかったでしょうね!
16歳のときからの恋人の鶴松とも結婚してますしね。。
酒乱になってしまうくらいなのでよっぽど辛い人生だったと
推測されますけど「唐人お吉一代記」にはどれだけ辛い生涯を
送ったかということまでは細かくは記されてないのでわかんないです。。
でも、やっぱり平凡な人生よりかは波乱に満ちた人生のほうが
人生に深みがあっていいんじゃないかな?と思いました!(^^
ちゃん!ちゃん!d(>_・ )グッ!
今年の初詣のおみくじも「吉」でした!お吉!(^^