この記事は、昨日の記事
「人の中に、自分の欠点が見える」の続きです(^^)
…さて、私がその人を力いっぱい嫌う理由が
全て自分の姿の裏返しであることは、わかった。
じゃあ次は、この感情、一体どうやって昇華していこうか?
そしてまた今日考えた。
私は、あの人みたいにはなりたくないんだ。
私が今持っている欠点も、これからなりたくない自分の姿も
全て映し出したかのような人。
心底、なりたくない。
だから、それを常に私に見せて、忘れさせない為に
私に警鐘を鳴らす存在として、こんなにも近い場所に
神様がその人を置いているのだとしたら?
そして毎日毎日、私に見せているのだとしたら?
忘れるな、って。同じ面を持つあなたも、少し間違えば
こうなってしまうよ、そうならない為に
今できることは何だ?って。
もし、そうだとしたら。
だとしたら、そんな存在が身近にいない方が、よっぽど怖い。
自分が心底なりたくない人間像に、知らずに近づいていって
しまう方が、よっぽど怖い。
だったら、近くにそんな存在がいた方がいい。
そして、いつも見つめられたらいい。今の自分を。
その存在に対して、今の自分は、どうだろうか、って。
豊かな心を持てているか?心はやわらかく、正直か?
あの人のあの言葉、自分ならどう言うだろうか?
なりたい自分に近づく為に、今の自分に何が必要だろうか?と。
その人を好きになるなんて、高尚な心は、やっぱりまだ持てない。
でも、毎日、「こっちじゃないよ、そっちなんだよ」って、
私の人生の岐路を修正してくれる人なんだって思えたら
いてくれる方がありがたく思えてくる。
私の為に、神様が置いてくれた人なんだ。
素敵な大人になるっていう、私の夢を、こんな風にサポート
してくれるなんて、まさに「神業」だ。
深い意味が、そこに込められている。
だから、神様、ありがとう!って、私は無宗教なんだけど
そう思った。
だから明日からは、もうちょっとその人の存在を
肯定的に捉えられるかもな…