人と人が接することは、エネルギー交換なんだなぁ、と
最近思った。
私はね、ずっと、これをシャットアウトしていたなぁ…と
思うんです。
昔から、少ない友人と、深い付き合いができれば
それでいいと思っていたタイプ。
この人は、と感じた人には心を開くけど、そうでない人には
別に自分のこと、理解されなくてもいいかな、と
思っていたところがありました。
毎日やりたいことがあって、時間が足りなくて
無駄な時間を過ごすことに、すごく抵抗があって
いつも目的とするところに、まっしぐらに行くんだけど
心が、キョロキョロって、寄り道をすることが、あまりなかった。
例えば、街に新しいお店ができたなぁ、とか
あ、店頭の飾りが、夏バージョンに変わったな!とか
ここのお店、いいなぁ~、今度寄ってみよう!とか。
人も同じで、進んで新しい交流を求める方じゃなかったから
基本はいつも、心を閉じた状態。
感じ良くはしてるんだけど、実は「これ以上入らないで!」って
閉じてる、そんな状態。
心に「無駄」がなくて、シャットアウトしてしまうとね、
外の世界と自分の心で、エネルギー交換ができないんです。
生物のお話になっちゃうと、「細胞膜」っていうのはね、
「半透膜」というやつで、つまり「半分透明の膜」。
膜はあるんだけど、いつも外の世界と物質の交換をやっているんです。
こんな感じ。↓
細胞膜のすごいところはね、こうやっていつも
物質が出入りしているのに、濃度だけは一定に保っている
ところなんです。
濃度を保ちたいんだったら、シャットアウトしちゃえば
早いと思わない?
私の心みたいに…
でも、違うんだな。
私は、自分の心を、この「半透膜」みたいにしたいなぁ、と
先日思いました。
完全に解放してしまって、自分の「膜」がなくなっちゃうことを
何となく恐れてしまう、私みたいな人間でもね、
外の世界と、エネルギーや風の交換を行って
シャットアウトすることでなく、ふわっと入れ替えながら
自分らしさも、保つようにすればいいのかな、って。
そう思ったら、何だか、外の世界との、エネルギー交換って
いうことが、わかるようになった気がする。
例えば会話がなくてもね、図書館でカウンターごしに
司書の人から本を借りるときでも
「あぁ、素敵な指輪してるなぁ、落ち着いたオーラを感じるなぁ」
とか、
例えば身近な人が、私に嬉しい話をしてくれるときでも
言葉だけじゃなくて、私に入ってくる「嬉しい」オーラを感じて
私も言葉だけじゃなく、心で一緒に
「うんうんそっかぁ、嬉しいなぁ」と感じられたり。
それだけじゃない、例えば大気から、季節の変化を
感じられたりね。
シャットアウトしてしまって、化石みたいにずっと変わらない
心じゃなくて、そうやってやわらかく、外の世界とエネルギーを
交換して、薄い水色だった心が、外から少しピンク色を受け取って
心の一部分が、混ざって紫色になって、それがすぅーっと
全体に広がって、前よりも深みのある水色になったり、
そんな風にしていきたいな、と思いました。