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イエスの喜びと満足のために☆

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2008年09月26日
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    赦す事の必要性は認識していても、時には、そんなことはできないと主張したくなるものだ。赦すことはあまりにもつらく難しいことだし、聖人はできるだろうが、わたしたち凡人には無理だ、と。あるいは、「赦せ」と言われるなんて、自分の話が正しく伝えられていないか、理解されなかったかのどちらかだと考えてしまう。赦してやるのは、自分はあまりにも傷つけられてきたと思うからだ。

 アメリカ人の多くが、スティーヴン・マクドナルドの話に感動したが、彼の赦しの行為を超自然的な意思の力による偉業という以上に理解できた人はほとんどいないと思う。ニューヨーク市警の警察官スティーヴンは,1986年にセントラルパークで3人の若者に職務質問していた時に銃で撃たれ、首から下が麻痺状態になった。彼は結婚してまだ1年足らずで、妻は妊娠2ヶ月だった。

 スティーヴンを撃ったシェイヴォッド・ジョーンズはハーレムの公営住宅に住み、一方スティーヴンは高級住宅街ナッソー地区に住んでいた。その事件は片方に刑務所をもう片方に一生続く恨みを残して終わったとしても不思議ではなかった。しかし、シェイヴォッドが釈放される前から、スティーヴンは彼に手紙を出し始め、少年の人生に「平和と目的」をもたらしたいと考えた。彼はこう書いている。

 

  「シックスサウス病院で天井を見つめながら横たわっている間、なぜ彼は私を撃ったのかという質問がいつも頭の中を回っていました。悩み続けた末、彼を憎んではいけない、という結論に達しました。憎むべきは、あの日の午後、セントラルパークに来た彼がズボンにピストルをしのばせているようにしむけた様々な環境です。

 私は少年にとって国家を象徴する制服を身にまとっていました。すさんだ借地にあるみすぼらしいアパートの家賃を大家に取り立てさせる体制の象徴が、私だった。地域の高級化政策に従い、法律を守るまじめな市民も薬の売人も犯罪者も区別することがなく。貧しい住人を一掃しようとした市の機関の象徴が、私だった。家庭内争いに顔を出しながらも、どんな法律にも違反していないからと何もせずに去ったアイルランド系警官の象徴、それが私だった。

 シェイヴォッド・ジョーンズにとって私はスケープゴートであり、敵だったのです。彼は私を家族を愛する夫で、もうすぐ父親になるひとりの人間として観ていたわけではありませんでした。彼は周りの大人たちから警官についての悪評を吹き込まれていました。警官は差別主義者ですぐ暴力を振るうから自分の身はじぶんで 守らなければならない。と。そうです。わたしはジョーンズを責めることはできない。彼の家族、彼の境遇に責任ある公共機関、彼の両親が一緒にいることを不可能にした人々~つまり社会が,すでに崩れていたのです。セントラルパークでシェイヴォッド・ジョーンズがスティーヴン・マクドナルドに出会うはるか前から。

 気分がすぐれない時には、怒りがこみ上げてくることもあります。しかし、怒りは無意味だということに気がつきました。私を撃った10代の少年に対しては時々腹を立てます。しかしそれより彼を気の毒に思う時のほうが多いのです。私はただ、彼が人々を傷つけるのではなく、助けるような生き方をするように変わってくれることを望んでいます。私は彼を赦すし、彼が自分の人生に平和と目的を見出してくれるように望んでいます。」

 

 シェイヴォッドは、はじめ返事をださなかった。そしてやっと返事を出した時に、その文通は終わってしまった。仮釈放を得るために手伝って欲しいという要求をスティーブンが丁重に断ったからだった。1995年の終わりごろにシェイヴォッドは刑務所から釈放されたが3日後にマディソン街のオートバイ事故でいのちを落とすことになった。

 数ヵ月前にロングアイランドにあるスティーヴンの家を訪ねた時、彼の温和な表情と輝く瞳に、そして彼の大変不自由な状況に、私は衝撃を受けた。車椅子での生活は年をとった人にとっても充分に辛い。まして、29歳の若さで活動的な人生を突然失うとは、あまりにむごいことだ。その上、息をするために気管を切開しており、十歳の息子がいるのに彼を抱きしめることもできない。それがスティーヴン・マクドナルドだった。しかし、彼から怒りも恨みも伝わってこなかった。彼は静かだったが確かな言葉を選び、撃たれたことで自分の人生をどう考えなおさなくてはならなかったかを説明してくれた。

 

  「最初は、許しは前に進むための手段であり、悲惨な事件を忘れるための手段でした。しかし、その後、自分が自己中心的な人生を送ってきたこと、私自身が赦しを必要としていることに気づいたのです。それは単純なことだったのです。」

 スティーヴンは赦しの必要性を伝えることに、人生の目的と意味を見出した。彼は定期的に小学校や高校で、また卒業式などで講演をしており、この仕事を神から与えられた使命だと思っている。

 撃たれてから11年が経ったが、スティーヴンの妻パティは今も誠実に彼のそばに寄り添っている。彼らは毎日障害という現実と闘っている。スティーヴンはたびたび失望に立ち向かわなければならなかったし、自殺したいという誘惑とも闘った。しかし私が、赦しもまたそうやって勝ち取ったものだったかと聞いたところ、彼は、違う、と答えた。

  それは贈り物だったと。

 あまりにもひどく傷つけられた場合、赦すことは簡単にはできない。それでも、最も深い苦悩の中で、私たちは次のような選択を迫られる。愛するのか憎むのか、赦すのか咎めるのか、和解か報復か。ステーィヴンは憎しみに負けても仕方のない状況だったが、平和と和解の道を選んだために、今日に至るまで多くの人の生き方を変えてきた。

 マーティン・ルーサー・キングJr.は彼の憧れの人だった。私が訪ねた際、彼は看護婦に頼んで、この公民権運動の指導者の語録を開いてもらい、大好きな部分を読み上げた。

 「赦しとは、一時的な行ないではない。それは永遠につづく姿勢である。」

 






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最終更新日  2008年09月26日 18時51分35秒
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