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イエスの喜びと満足のために☆

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2009年01月06日
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 神に明け渡すべき最後のものは、神の臨在の感覚です。これは非常につらいことです。私たちは、主の臨在の現れさえあれば、火や水の中をくぐり抜けることもできます。しかし、主の臨在の感覚がなければ、すべては闇に閉ざされたかのようです。

 「骨は枯れ」、「望みは尽き」、「断ち切られる」---これが私たちの前にある光景です!弟子たちはすべてを捨てて主に従いましたが、主が十字架の道について語られた時、彼らはあとずさりしました。彼らは、主をカルバリに去らせることができませんでした。彼らは、目に見える主の臨在を失うことに、同意することができませんでした。彼らは、「私は再びあなたがたに会う」という主の御言葉を理解することができませんでした。魂がこの点に達する時、信仰のみによる歩みが必要になります。あなたはこのことをご覧になったでしょうか?あなたは自分自身から、古い力から、古いいのちから、古い感情から、古い仲間から、過去の経験に安住することから、断ち切られました。それは、あなたがキリストの中に住むためです。これこそ、あなたに対する主の御旨です(コロサイ人への手紙3章3節)。

 イスラエルは絶望に達する必要がありました。「私は彼らの墓を開く」(12~14節)という主の御言葉は、なんと祝福に満ちていることでしょう!このことを見るために、他の節をいくつか見てみましょう。ヨブ記19章6~21節を見て下さい。ダビデは「私は断ち切られた」と叫びました(詩篇88篇5~16節)。それから、ヨナ(ヨナ書2章1~6節)とイザヤ(イザヤ書6章5節)も、「私は断ち切られた」と言いました。

 神は魂をこの地点に導かれますが、そこに置き去りにはされません。彼は最後まで働かれます。彼はいのちのメッセージを与え、「あなたは生きる」(14節)と仰せられます。神は幻を解き明かされます。神はあなたの墓を開き、あなたを外に出されます。その時あなたは、「主である私がこれを語り、これを行ったこと」を知ります。

 次に私たちは、二本の杖が預言者の手の中で一つにされるのを見ます(37章16~22節)。これは実に意義深いです。神の子供たちは、復活の中で、神のいのちによって結合され、一つにされます。彼らはイエスの復活のいのちの中で共に結合されます。分裂はすべて、肉的ないのちを示唆します(コリント人への第一の手紙3章3、4節)。分裂はすべて、イエスの恵みの中で終わらされます。そこには、いかなるあつれきもありえません。外側の宗教的規定によってキリストのからだの間に設けられた「隔ての壁」は、十字架によってすべて取り除かれます(エペソ人への手紙2章11~18節を見よ)。

 さて、これらの学課を要約して、実際の用に役立てることにしましょう。私たちはクリスチャンの群れです。ここに「捕囚」になっている方はおられるでしょうか?解放されていない方はおられるでしょうか?私たちがここにいるのは、「神の幻」を見るためです。神は、神だけを求める人々に、目を留めておられます。彼らを解放するために、神はここにおられます。あなたは喜んで神から教えを受けられるでしょうか?ここに座っている時、御言葉が「はっきりと」あなたに臨んだでしょうか?あなたの意志は、絶対的に彼に服従しているでしょうか?服従は口先のことではありません。自分の意志を神の意志にしようと始終努力している人でも、神の御旨について語ることができます!これは真の服従ではありません。彼はあなたを試されます。服従は神に指図することではありません。私たちは周囲の環境によって試されて、自分の意志がなんと神の意志から遠く離れているかを知るでしょう。自分の意志が働きに悲惨な影響を及ぼすのを、私たちは見るでしょう。クリスチャンの働きの多くは、特別な友情や、特別な好き嫌いによって汚されています。「私はXXさんと一緒に働くことができません」、「私はこのことやあのことができません」---このように言うことは、神の御旨ではなく、自己が支配している証拠です。

 「絶対的な服従」は、死であろうと、命であろうと、神の御旨すべてに従うことを意味します。私たちが真に明け渡しているのをご覧になる時、神はただちに私たちを所有されます。あなたは信実な神に信頼されるでしょうか?彼はあなたの中で、責任を持ってご自分の働きをしておられます。あなたはこのことを信じるでしょうか?

 ここで、次のことを付記しておきましょう。神は私たちを石にされるのではありません。神は「石の」心を取り去って、私たちを古いいのちから連れ出し、栄光のいのち、新しいいのち、復活の力に満ちたいのちの中に置かれます。そして、聖霊から発する、あわれみと愛に満ちた心を与えて下さいます。

 再び、谷の幻を振り返りましょう。「彼らは生き、その足で立ち、はなはだ大いなる軍勢となった」(10、14節)。神の御言葉は、キリストと共なる死について、明白に語っています。「あなたがたはすでに死んでおり」(コロサイ人への手紙3章3節)、「罪に対して死んだ私たちが、どうしてなおもその中に生きていられようか」(ローマ人への手紙6章2節)、「あなたがたもまた、自分は罪に対して死んでおり、キリスト・イエスにあって、神に対して生きていることを認めなさい」(ローマ人への手紙6章11節)。これらの神の御言葉の保証に信頼しましょう。

 どうか神が、「はなはだ大いなる軍勢」を、キリストにあるいのちの中にもたらして下さいますように。









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最終更新日  2009年01月06日 23時31分19秒
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