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レイ・チャールズ、ブルース、R&B、ソウル、ロック、ジャズ、カントリー、
ゴスペル、ポップス、そんな既成のの音楽ジャンル超えて、聞く人の心捉え、 共に歌い、共に苦しみ、共に悲しみ、共に楽しみ、時には共に励ましあい、 60数年間、歌い続け、グラミー賞を12回受賞、1万回以上のライブ・ コンサートやショーをこなし、1930年ジョージア州に生まれ、「我々の 下には地面しかなかった」と、自ら言わしめる極貧生活、その恐らく殆んど 地面しか見なかった視力を、7歳の時に緑内障で視力を失い、それと引き換 えに、何物かから、「レイ・チャールズ・ミュージック・ワールド」を授かり、 (いや、授かったのではなく、自ら作り上げたという方が正しい)長く、世界 中の多くの人をエンターテイメントしつづけた、レイ・チャールズ・ロビンソン、 亡くなる、享年73歳。(あるライナーに、1923年9月23日生まれとも) 1960年代の前半、まだほんのわずかしか手持ちのないLPの中に数枚、 1枚目は「アイ・キャント・ストップ・ラビング・ユー」、ドン・ギブソンの このカントリーの名曲を彼が歌うと、狂おしいまでの愛の表現が、独特の 泣き節交じりの、それでいて甘く切なく、やりきれなく、切なく、激しく、 ジャケットの人相は盲目のために、思いっきり、ぶっとい、セロフレームの濃 い色のサングラスで、いかにもこわもて、しかも現実でも強度のヘロイン中毒、 アウト・ローの匂いがプン、プン、(初の来日の時には、ヘロイン中毒の事で 警察が難色を示した)、それはあくまでジャケットの写真だけの話、 心の底から魂の叫びのようなピアノとシャウトする歌声、そしてバックコーラス と、聴衆と、時には一人で部屋で聞いているリスナーとも、コール&レスポンス、 日本でも爆発的な人気。 「アイ・ガット・ウーマン」、「ア・フール・フォー・ユー」、「ロンリー・ アヴェニュー」、「ハレルヤ・アイ・ラブ・ハー・ソー」、「ホワッド・アイ・ セイ」などのアトランテイックレコード時代、1960年代、ABCパラマウント に移籍後、1930年代のポピュラー・ソング「ジョージア・オン・マイ・ マインド」、最高にソウルフルに、切々と、格調高く歌い上げ、R&Bのジャンル の壁を飛び越え、見事に全米ポップ・チャートで初のナンバー・ワンを獲得、そして その後ヒットの連発、1962年にカントリーの名曲「アイ・キャント・ストップ・ ラビング・ユー」を取り上げ再び、全米ナンバー・ワン・ヒット。 数多くのヒット曲の中で何が好きだと聞かれると、以前は思わず考え込んでしま ったが、今は迷わず「ヒット・ザ・ロード・ジャック」。 ■「今日の言葉」■ 「素直な心は人間の働きを 伸ばしていく大切な条件である」 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
Jun 11, 2004 11:57:00 PM
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