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ずるいなあ…。 こんな小説を読んだら、映画が観たくて観たくて、仕方がなくなっちゃうじゃないですか。 観たい映画を常に映画館に観にいけるとは限らないので、DVD化されるのはすごく助かります。 でも、基本「映画は映画館で観たい」と柊は思っています。 たまにマナーの悪い人に遭遇して「鑑賞料金かえしてくれい!」と思うこともありますが それでも映画館に通うのをやめようと思ったことはありません。 終盤、シネコンの勢いに押されて名画座が閉館の危機にさらされる場面がありますが (シネコンの便利さを今自分も享受しているのですが)それは寂しいことだなあと思います。 特定の映画館に対する思い入れというのは、その場所で観た映画への思い入れとも 繋がっているからです。 名画座では、昔懐かしい作品が再度上映されます。 今、映画館で「午前10時の映画祭」なる企画が上映されていますが、これはすごくいい企画だと思います。 一度上映が終わってしまうと、大抵の作品はもう映画館の大きな画面では観ることが出来ません。 DVDでもう一度観ることは可能だけど…やっぱり映画館で鑑賞するのとでは全然違うのです。 映画の魅力ってほんとう、なんなのでしょうね…。 柊も映画に行くのはひとりがいいです。 鑑賞した後、言葉にならない余韻にぼーっと浸っていたい人間です。 観終えた後にすぐ「あーだったね、こーだったね、どう思った?」と言われたり聞かれたりするのは苦手です。 映画の評論、というか感想を記す事の難しさ…過去のトラウマをちくりと思いだす場面もありました。 柊も自分自身の記録というか日記として映画の感想を記していますが、 過去に「そんな見方は間違っている」風の書き込みを延々されたことがあります。 柊も血の気が多くて、映画をどう見るかはすごく個人的なことだと思うので 「他者に決められたくないわい。」と応酬してしまい、それは相手が書き込まなくなるまで しばし続きましたが、そういったことはえらく精神的に疲弊することです。 以来、言葉の扱い方とはなんと難しいことか、あまり直接的な言葉で感想を 書くのはやめよう…と思いましたが…。 突っ込まれるの怖さに自分の感じたことを曲げるなんてやっぱり出来ない(笑) 基本、柊は映画の“サニーサイド”を観ていたい、覚えていたい人間です。 監督、俳優、映画の背景、暗喩しているもの等など詳しく知っていればより映画を 楽しめることはわかります。でも、一番大切にしたいのはそれを観たときの第一印象です。 作り手の思惑と、鑑賞する人間が受け取るものが常に一致するとは限りません。 観る人の数分、いろんな受け取り方があっていい。 それを気持ちよく伝えあえたら素敵なことです。 それが出来たら、その映画に対してきっともっと愛着が湧いてくる筈。 映画評論家の淀川長治さんは一日一本は必ず映画をご覧になられたそうですが…。 それに及ばなくても、柊も死ぬまで観たい映画を映画館に観に行けたらいいなあと願ってます。 【内容情報】(「BOOK」データベースより) 四十を前に、突然会社を辞めた娘。映画とギャンブルに依存するダメな父。二人に舞い降りた奇跡とは―。壊れかけた家族を映画が救う、奇跡の物語。 柊の読書メーターは→こちら お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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