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カテゴリ:ヴァカ旦那
気がつけば11月も半ばを超えて、今年もあと一月とちょっと・・・
この数年、毎年何か事件があるけど、今年もね、ありましたですよね、姑の骨折事件。 なんだかんだで、いつもの生活をずっと、続けてる。 先日もちょっと書いたけど、リアル友達家に変化もあって、いろいろ思い出したりしてみた。 私はなんで、トドと結婚したんだっけ?なんてことも ものすごく好き、と思って結婚したわけじゃなく なんとなくそんな年齢になってるな~って感じだったし(世に言う適齢期は過ぎてたし) トドは学生時代の友人の友人ではあったけど、学生時代は直接はよく知らない人だった。 そのころ私は、大学院へ行きつつ、先輩から紹介されて出来たばかりのとある貸しホールの企画運営のアルバイトをしてた。 そこで、ホールを使ってくれる人や、企画を模索していて、 その話をした共通の友人が、ちょうど内弟子修業を終えてお稽古場所を探しているトドに話を持って行き トドはしばらく私がアルバイトをしている会場でお稽古をすることになった。 話の流れで、トドの担当は私になり、「先生、来月のお稽古は何日になりますか?」ってな連絡をするのも私なら 独立したばかりのトドの教室が軌道に乗るように、お弟子さん募集の相談に乗ったり、なんてことをするようになった。 私は一応勉強するつもりで大学院に戻っていたので(^0_0^) 論文を書く時期がきて、アルバイトを辞めて、トドとの縁もそこで切れた。 でも行動半径が重なってるせいか、アルバイトを辞めた後、偶然出会うことが重なって そのうちご飯食べに行ったり、映画に出かけたりするようになった。 この時点では単なる知り合いでしかなく、誘われても予定があればあっさり断っていたし 断るとそのあとしばらく音信はなくて、 でもそうこうするうちにまたばったり出会うことがあって、 またご飯食べに行こうね、みたいになったりしてた。 このままご飯食べに行ってると、結婚して下さいって言われちゃうよ~な忠告?をしてくれる友人もいて、 そんなんとちゃうって~、と否定してる私がいたけど そのうち本当に「結婚しましょう」みたいな話になった。 そう来たか・・と思ったことを覚えてる。 さてどうするか? 7月、夏だった・・・ どうしよう、両親に相談をして、迷ってる間に父は学会で海外へ出かけて行った。 「帰ってくる前に決めてるかも知れない」空港へ母と見送りに行って、父にそんな風に伝えたことも覚えてる。 厭なら即座に断ってるはず、だと思ったんだよね。 是が非でもこの人と結婚したい、と思ったわけではなかったけど もともと、結婚するなら相手の仕事内容がわからないのはやだな、って思う気持ちはあって それは、私の両親がいわば職場結婚だったせいもあったかもしれない 父は大学で教えており、母は大学の図書館に勤めてた。 父の仕事の細部までを母が理解していたかどうかはわからないけど 父の仕事場の周囲のことを母はよく知っていた。 仕事の内容そのものの話はあまりしなかったようだけど、仕事場の話は両親の間でよく交わされていたように記憶している。 だから、旦那さんの仕事がよく見えないのはなんだかいやだなと思う気持ちがかねてからあって。 その意味で、トドの仕事の細部までわかっていたとは言えないけど、私が手伝える仕事というのは、悪くないと思えたんだった。 真面目そうな人、だとも思ったし・・・ 頭は固そうだな~(見た目も中身も)と思ったけど、それはある意味子育てにも良いと思えた。 私の育った家では、両親が結託して家庭内にいろんなルールがあって、子供が少々反抗しても 「うちはこうなの!」と突っぱねられて終わり、ってことが多かった。 子ども時代は不満に思ったこともあったけど、私は頑固な両親のやりようをいやではなかったように思う。 だから、それなりに自分でこうだ!と思う頑固さがあることは悪くないと、思えたんだよね。 そんなこともつらつら思いだして・・・ だからと言って、ものすごく好きかと言うと、そういう時期は残念ながらないままここまで来たかなって感じでもある。 トドもそうだと思うな~、だから平気で負~族なんかに行くんだろうと思うよ。 なんてことを頭の片隅で考えながら、今日まで来てる。 年末年始、地雷が発見されなければ、このまま行くかもしれないな・・・ 義理家マンションの空き部屋は、買取・賃貸・どちらも複数あるのだけど、おかげさまで忙しい芸術の秋に突入したので、トドの頭のなかの父親との半同居計画はとん挫してる。 母親の所へもトド自身は月に一度の通院の時くらい・・・しか尋ねてない。 どころか、父親にもほとんど会ってない。 私は季節衣類の入れ替えや送迎なんかで、週に二度ほどは義両親双方の顔を見ることもある 施設からはなんだかんだと連絡があって、そのつど呼ばれもする、 けど今のところ姑も落ち着いてるし、舅は半端に元気だし だから、トドが一緒に出向けるときにしか、舅のことろへも訪ねていない生活で、 私も今は田舎の家のことで手いっぱいだったりもするわけだし トドは、田舎の家のことで奔走してることを正確に把握していなく、正確に知ったらまた罵倒されそうでもあって 父親が母親のショート先を訪ね、帰り道の夕刻、定食屋さんなどで食事をし、一人自宅へ戻るという毎日になっていても そのことへトドの想像力が動くことはないようで 食卓が充実していると、トドもご満足で、だから一応平穏が保たれている我が家。 これでいいのか?な思いは常にあって 実母のことはほぼ以前の通りちかく訪ねるようになってはいても、 そのこともあえてトドには告げず、トドも聞かずなら まぁこんな生活もありかなと、思えたりもしてます。 正直、稼いでくれる係りなので、それは助かるとも言えるし 義両親が調子を崩してからのこの数年、トドは元旦の夕食につきあうだけで、年始休日の間に重ねて義理家を訪ねるということもなく 姑の利用しているデイサービスが年中無休なのをよいことに、いつもと同じパターンの生活 その間、実家がらみで飛び歩く私に不満で、負~族や雀のお宿にお出かけのトドであったけど 今年はどうするのかしらね~ 元旦の夜は、舅がやはり自宅で姑と過ごしたいだろう、というトドの意見で、 夕方から姑を連れて帰り、義理家泊りになりそうだけど 二日は例年私の実家へ行っており、今年もその予定で帰ってきそうな河童なので、実母と過ごす前提であることを、案外トドは覚えており 元旦を自宅で過ごした姑を、二日の朝のうちに特養へ送る予定を立てようとしてる。 「二日はポポ子のお母さんと河童と食事するんやし」既定のこととして語ってるトドは、一応及第点だろうか・・・ ま、様子見ですが(笑) 明日(正確にはもう今日?)は良い夫婦の日、なんだそうだ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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