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2009年08月19日
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今日は伯母の誕生日、82歳になった父の姉。

昨日、伯母はいつものように娘のお昼ごはんの介護に出かけ、帰る時に「明日誕生日なのよね私」と言ったそうだ。
従姉はもう、自分から言葉を発することもなく、身動きもしない、食事も自分では取れなくなって久しく、最近では口を開けることも忘れたかのようで、
伯母はそんな従姉の介護の一助になればとの思いから、毎日昼食の介護に出かけている。
昨日も、一時間以上の時間をかけて、開きにくい口元に食事を運んで、何とか昼食を終えたらしい。
従姉は、「お誕生日」という言葉に反応したのか、伯母の言葉を聞いたとたん、その眼から涙があふれ泣いたのだった。

その涙の意味は、良くわからない。

従姉が生まれる直前に、病気で父親が亡くなった従姉と伯母は、母娘二人で支えあって生きてきた。
伯母とともに東京で暮らし職を得ていた従姉が前夫との結婚を決めた一因には、いずれ関西に帰ってくる伯母の老後を自分が見るという意識が確かにあったことを私は知っている。
娘が出産時の事故で障害を得て、伯母がなにくれとなく従姉の家庭に手助けに出向くことになった時も、「ママに心配ばかりかけている」と自分を責めていた従姉。
前夫の仕事がうまくいかず負債を抱えて、家族を伴って実家に帰ってきてからは、経済的にも伯母の助けを受けるようになっていた自分を、ずっと責めていた。

病気になって、母親や娘に当たり散らした時期もあったけれど、何よりずっと傍で介護をしていた母親が頼りの生活で、姿が見えないと「おかーさーん!おかーさーん!!」と絶叫する日もあった従姉。

会話が成り立たない従姉は、それでも私たちの話を聞いて声を上げて笑うことはあったけれど、涙を見せることはなくなっていたのに

昨日は泣いたんだ。

なぜ泣いたのか、わからないけれど
きっとそれは、母親の誕生日を祝えない自分に対する悲しみや、年老いた母親に心配をかけ続けていることへの贖罪や、そんな思いが流れていたのではないかと、思うのだ。

従姉が泣いた話を聞いて、たまらなく涙が流れる。

何でこんな病気になったんだろう、なぜこんなつらい日を、伯母も従姉も送らなくてはならないんだろう。

なんて思っていたら、花水木ちゃん(従姉の娘)から泣き声で電話が入った。
「もう会社辞める」とのこと

花水木ちゃんは大学を卒業したあと、某有名電気メーカーに就職がかない、本社のある東京で勤めていたけれど
障害のある彼女のことを、受け入れて下さらない上司もあって、仕事場は快適とはいえないらしかった
昨年の春に新しく転任された部署の責任者の方が、そんな彼女を気にかけて下さって、
家族の事情なども聞いて下さった上で、関西での仕事を探して下さって移ってきたのが今年の春。
のはずだったけれど、彼女の転勤に関して受け入れて下さったはずの方もまた4月に転勤してしまい
春から今までの約半年間、花水木ちゃんは今の職場で仕事らしい仕事をさせてもらえないまま、今に至る。

手が震えるという障害があるため、接客の折りのお茶を出したりと言う行為は彼女にはできない。
言葉もろれつが回らず声がこもる傾向にあるので、電話の応対にも限度がある。
本社にいた時は、そういう彼女が電話口に出ることで、「障害者をきちんと雇用している企業であることのアピール」にもつながる部署でもあったためか、電話での大きなトラブルはなかったようなのだけど
今の職場はいわば営業の最前線なので、電話の応対一つにも細心の注意が必要だったりする。
そのためか、最初は電話に出ないように、とも言われたらしい。
最近になって、電話に出ても良いということになったそうだけど、不慣れなことと、相手も切迫してかけてきていたりする状況では、花水木ちゃんの応対がまどろっこしいということでクレームがついたりしているらしかった。

会社にはいろんな仕事がある、お茶を入れるだけだなく、電話に出るだけでなく、彼女にもできる仕事があるはずなのだけど、
いかんせん、昨今の厳しい社会情勢もあってか、今の会社には花水木ちゃんを有効活用するために何か考えて下さるという余裕がないらしい。
せっかく、意気揚々と関西に戻ってきたものの、仕事のないまま毎日会社に行くのは、苦痛。
毎朝、行きたくないといいながらそれでもきちんと出かけていたけれど、

今朝の朝礼で、彼女の電話の応対が問題視されるような指摘があって、その際の言葉のやり取りなどから、もうこの職場には自分の居場所はないと、思ってしまったようだった。

ねぇ、お姉ちゃん、こういうときお姉ちゃんならどうするの?
母親だったらどうするんだろう・・・
27にもなったいわば大人の年齢である花水木ちゃんだけど、思いあまって会社に電話をかけてみた。
母親ではない親戚であることを伝え
「障害のこともありますので、十分にお仕事に対応できないところも多く、ご迷惑をおかけしていることと思いますが・・・」
花水木ちゃんには本当にできる仕事が今の職場には全くないというのか、この先、この職場に居続けることはもう無理なのか、
「普段の職場での様子もお聞きしたく、家庭内で指導できることがあれば教えてもいただきたい、一度ご相談申し上げたいので、どちら様宛にどのようにご連絡を申し上げたらよいか教えていただけませんか?」

運よく電話をとって下さった方は、普段から花水木ちゃんを気にかけて下さっている隣のセクションの先輩だった。
「私に預けていただけませんか、なにか方法を考えてご連絡しますので」と言う言葉をいただき
お忙しいお仕事中に、プライベートなことでご迷惑をおかけする失礼をかたがたお詫びもし、いったん電話を切った。

伯母の誕生日を祝うはずが、花水木ちゃんの我慢の糸が切れた夜になって・・・
ママさんの所へ行けず、伯母家の復旧の夜になった。

夜になり、先ほどの電話の先輩がお電話をくださって、ともかく明日は出社するようにとのこと
その時点では感情が高ぶり泣いてばかりいた花水木ちゃんも、そのあとだんだんと落ち着き、明日は普通に出社することになった。

ただ、その先輩以外に、彼女を理解してくれる人はいないと、本人は言い。
仮に私が乗りこんで、何か職場の体制が変わっても、もうあの会社で仕事をするのはつらいという。
周囲の人に対して、不信感を募らせていることがわかる。

これ以上、花水木ちゃんを追い込みたくもないけれど、
職場はいつもどこも、ルンルン、ばかりではない、だからどこへ行っても、辛いことは多少はあるよ。
ただ、花水木ちゃんの年齢でもうはや窓際族扱いはないよね。。。とも思う。

ずっと仕事を与えられない状態が続く中、花水木ちゃんは彼女なりに、この先のことを考えていたので
少し前から医療事務の専門学校にも通い始めているし、公務員試験を受けることも考えている。
とはいえ、いずれも仕事にすぐにつながるかどうかは・・難しいと私は考えているけれど

辞めてみるか会社、今まで確かに良く頑張ったけど・・・
花水木ちゃんは障害があり手帳も持っているけれど、一応自立できているということで年金は切られている。
家もあり、今は伯母もいて経済的にすぐ路頭に迷うことはない。

でも・・・これから先の長い人生を、どうやって生きていく?

今の会社は子会社とはいえ、もとは一部上場の大きな企業。
名前を言えば誰もがわかる企業に勤めていることは、お沢庵(花水木ちゃんの弟)の賃貸マンション契約の保証人になった時にもそうだったように、社会的に信用があるということになるよね。

病気になるよりはいいけど、これからの彼女の行く末を思うと、簡単に「辞めていいよ」って言いにくい。


お姉ちゃんならなんて言うんだろう、母親ならこういうとき・・・どうするんだろう・・・

母でもなく娘でもない私が同席して、それでも伯母の長寿を願い、誕生日を祝った。
少し落ち着いた花水木ちゃんは、明日は出社するという。

伯母に「今日はこれから良くなるきっかけの日に、なると良いね」と
あてのない、慰めにもならない言葉を残して帰ってきたのだった。

自分の無力に泣ける。





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Last updated  2009年08月20日 00時00分22秒
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