カテゴリ:ありのままに
自分が、あるビルのある階にいる。
ところが、自分は、 それが何階建てのビルであるのか、 そして、自分がそのビルの何階にいるかも知らない。 なぜなら、そのフロアしか知らないからである。 そのフロアからどこへも行ったことがないから、 そのフロア以外の階があることも知らなければ、 そこに行けるということも知らない。 思ってもみたことがないからである。 平面の世界しか知らず、立体の世界を知らないからである。 一層しか知らず、多層階を知らないからである。 自分がどこにいるのかを知るためには、 自分の階にいたままでは、わからない。 その階がすべてだと思っていたままでは、わからない。 その階から、 そのビルから、 外に出て観るしかない。 そのためには、 外からの声と、 内からの声に、 ともに耳を傾ける以外にない。 外からの声とは、 ビルの他の階からの声、 あるいは、ビルの外からの声。 内からの声とは、 自分の内にある、 本当の自分を知りたいという声。 声に素直になってみる。 つぶっていた目を、見開く。 勇気を持って、フロアの壁を破ってみる。 そこには、 新しい世界が開かれている。 新しい世界から、 今までの自分の世界を見たとき、 その小さな世界の不自由さに驚くだろう。 そして、自分は、 その地下無限階、地上無限階の無限階層ビルの、 どの階にも、自由に行け、自由に在ることを知る。 まさに、自由自在。 ただ決断し、決心し、決意さえすれば。 そして、実行さえすれば・・・。 無限の可能性を、自ら否定しないこと。 自己否定につながる自戒を自壊させる。 それを自戒とする。 すると、自階(段)が自ずから、あらわれる。 世界は限りなく、広く、大きい。 そして世界を創造できる、自分自身も・・・。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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