謀略史観と思考力
あの911航空機テロが、こともあろうにチェミニー副大統領の謀略的指導の下に実行されたものだ、などという凄い話がアメリカで流れているらしい。私は、謀略史観は大歓迎だ。強者の論理で、メデア垂れ流しのどこがまともなのかとすら思う。むしろ歴史のイフを追う姿勢は、健常なジャーナリズムの萌芽だという気がする。謀略史観に、頭ごと持っていかれているプロ市民たちとは慎重に一線を画しながらテレビ報道や雑誌を斜めにみるスタンスは、これからの時代にはむしろ必要だという風に考えるからだ。アメリカは、個人的には好きな国なのだが国政レベルは、でたらめで卑劣かつ犯罪的な国だと確信している。母親が、殺されかけたから言うのではないが、自分が記憶する物心ついた時代から、今の今まで人殺しの連続ではないか。こんな国が、同盟国だということ自体が、恥かしい。加えて、そんなアメリカに仕掛けられ挑発され、うっかりと過剰反応のあげき雪崩れてしまったあの太平洋戦争で、勝てないまでも負けないという闘いを組み立てられなかった日本という国が、なんとも脳挫傷みたいな国家であり情けないと思うわけだ。しかも、おびただしい犠牲の上に今日の平安が築かれているというのに、勝手に一億総懺悔などと十羽一からげで昨今戦争犠牲者の話題にすらまともに耳を傾けないという風化の仕方が気がかりでならない。そんなこんなで、「自作自演国家アメリカ説」周辺は平和ボケの脳機能改善に最適だと思って、愉しんでいる。9-11の謀略が展開された際、SSは朝の9時03分にDCを地下にある大統領司令室へ連れて行ったと報告されている。1 このことはSSが遅くとも9時03分までに諸々の命令を発することのできる権力中枢の側近に含まれていたことを確証している。後に示すように実際にはもっと早かったことはほとんど確実であるが。かつて対テロリズム・アドバイザーだったリチャード・クラークは著書「すべての敵に対抗して」(Against All Enemies)の中で、「SSはFAAのレーダーで見えるものがすべて自分たちにも見えるようになっているシステムを保有していた」と書いている。キーン委員会(9-11委員会としても知られる)は我々に、9-11の命令系統は複雑なクモの巣のようであったと信じ込ませようとしているが、実際にはSSが大統領と副大統領の命令を空軍の戦闘機パイロットたちに直接伝える権限を有していた。29-11の朝について記録するために空軍によって委託された本「アメリカ上空での空中戦」(Air War Over America)には、以下のように記述されている。FAAはオーティス空軍基地にコンタクトをとり、11便はマンハッタンに進路をとっていたが8時30分までにはその機影の信号が失われたと彼らに知らせた。3 このことはSSがその時刻までには、あるいはそれからほどなく権力中枢にいたことを示している。なぜなら、彼らはFAAのレーダー画面をリアルタイムで見ることができ、FAAは外部の軍と接触しているからである。遅くとも最低8時45分までには、実際はもっと早かっただろうが、SSが決定権のある権力中枢にいたことは間違いない。彼らは11便の自動応答装置(Transponder)が切られた8時15分以降には権力中枢にいた可能性が高い。In my book I make several key points:1. I name Vice President Richard Cheney as the prime suspect in the mass murders of 9/11 and will establish that, not only was he a planner in the attacks, but also that on the day of the attacks he was running a completely separate Command, Control and Communications system which was superceding any orders being issued by the FAA, the Pentagon, or the White House Situation Room;2. I establish conclusively that in May of 2001, by presidential order, Richard Cheney was put in direct command and control of all wargame and field exercise training and scheduling through several agencies, especially FEMA. This also extended to all of the conflicting and overlapping NORAD drills -- some involving hijack simulations -- taking place on that day.3. I demonstrate that the TRIPOD II exercise being set up on Sept. 10th in Manhattan was directly connected to Cheney's role in the above. 4. I also prove conclusively that a number of public officials, at the national and New York City levels, including then-Mayor Rudolph Giuliani, were aware that flight 175 was en route to lower Manhattan for 20 minutes and did nothing to order the evacuation of, or warn the occupants of the South Tower. One military officer was forced to leave his post in the middle of the attacks and place a private call to his brother - who worked at the WTC - warning him to get out. That was because no other part of the system was taking action.5. I also show that the Israeli and British governments acted as partners with the highest levels of the American government to help in the preparation and, very possibly, the actual execution of the attacks.""There is more reason to be afraid of not facing the evidence in this book than of facing what is in it." あの有名な田中宇氏のメールマガジンも毎週のように几帳面に送られてくる。個別に小さな事実関係を当たっていると、今回の一連のアメリカの動きに異様さを感じるのは無理からぬものがあろうと思う。大日本帝国の暗号を、まんまと解読してFBIが駐米大使館に張りついている程の国が、なにしろ平気で真珠湾攻撃を実行させという御国柄なのである。しかも、航空母艦だけはハワイから遠のけて・・・思い起こせば昭和天皇は、1941年11月30日ほかならぬ実弟の高松宮殿下から、帝国海軍が太平洋戦争の損得に自信を抱いておらず、勝てるという確証をなにももっていないのだと耳うちされており、その証拠に開戦前の重臣会議を順延させておられる。また、酷い話だが開戦を決議した御前会議の時点でも、まだ真珠湾攻撃の予定日を軍令部から外務大臣すら知らされていなかったという笑えない話。つまるところ、奇襲攻撃しか緒戦の勝利を演出できないと考えた、永野軍令部総長や伊藤軍令部次長らが、重臣らにも流さなかったと東郷外務大臣が執拗に宣戦布告なしの開戦に猛反対したという。にもかかわらず、その模様すらアメリカが把握していた可能性が高い。2001年10月7日、パキスタンのムシャラフ大統領が、軍の諜報機関であるISI(統合情報局)のマフムード・アーメド局長ら3人の軍首脳を解任した。マフムードが解任された理由は、彼がオマル・シェイク(Umar Sheikh)という男を通じて、911実行犯の主犯格だったとされるモハマド・アッタにテロ資金を送金していたことが、FBIの調べで明らかになったからだった。FBIはインド当局からの情報をもとに、ISIのマフムード長官がアッタへの送金を指示していたことをつかみ、パキスタン側に圧力をかけたという。2003年3月27日 田中 宇 マフムードらの解任自体は、世界中で報じられたが、その理由は多くの記事では「マフムードらがアフガニスタンのタリバンと親密な関係だったから」となっている。私自身も、そういう趣旨で記事を書いた。2003年3月27日 田中 宇 ところが、インドとパキスタンのいくつかの新聞は、解任理由について、はっきりと「マフムード将軍の指示で、911実行犯のアッタに10万ドルが送金されたことが分かった」と書いている。マフムード将軍らを頂点とするISIは、もともと組織的にタリバンを支援しており、タリバンとアルカイダは一心同体であった。つまり、パキスタン当局であるISIは、タリバンを支援していただけでなく、911事件の黒幕でもあったことになる。 2003年3月27日 田中 宇 パキスタンの「カラチ・ニュース」によると、マフムード長官は911事件が起きる一週間前の9月4日からワシントンを訪問し、CIAのテネット長官のほか、国防総省やホワイトハウスの国家安全保障会議(NSC)の要人たちと相次いで会合を持った。マフムードはこのころ、3カ月間に2回、ワシントンを訪問しており、それまでISI長官の訪米はめったになかっただけに、大きな緊急の課題があるのではないか、という憶測がパキスタンの新聞にも載った。 2003年3月27日 田中 宇BBCによると、FBIは911事件が起きるずっと前の1996年ごろから、WAMYがテロリストを支援している可能性があるとして、WAMYとアブドラ・ビンラディンについて調べを進めていた。ところが捜査の結果が出る前に、アメリカ政府の上層部からFBIに対して横槍が入り、捜査は途中で打ち切られてしまった。 2002年1月24日 田中 宇アメリカがタリバンと交渉している間は、FBIがオサマ・ビンラディンやアルカイダに対する捜査を進めないようにさせていた。FBIのテロ捜査の最高責任者だったジョン・オニールは、この措置に抗議して、昨年7月に責任者の座を自ら降りた。 2002年1月24日 田中 宇2001年6月にはドイツの情報機関BNDが911のテロを察知して米当局に通告し、9月の事件発生直前には、イランとロシアの情報機関などが米当局に対して警告を発している。ケイマン諸島では、ラジオ局のリスナー参加型の生放送番組に911の発生を警告する電話がかかってきて放送されたりした。これらの警告を、アメリカ政府の最上層部はすべて無視したのだった。 2002年1月24日 田中 宇被爆の爪あと殺人実験場イラク人は、戦争で死ぬためには生まれてこない捜せるのだろうか7月30日守山空襲