カテゴリ:人生
『色々と・・・すいませんでした』
不意に口をついて出た言葉がこれだった。
言ってしまってから、なんとも惨めで情けない言葉なんだ、と思った。 二人の思いや生活した時間に愛着があればこそ、 絶対に言いたくない言葉だったが、 この時の私にはどんなに時間を与えられても この程度の言葉しか思いつかなかったように思う。 奥様の立場になってだけ考えていたが、 逆の立場の私に、適切な言葉が分かろうはずもなかった。
何故か、 私の目からは危うく涙が落ちそうになったが、 その時、いいタイミングでお客様からの電話が鳴り 一度、スムーズに席を離れることが出来た。
私は店内に響き渡るかのように、 嫌味なくらいの大きな声で明るく、電話の対応をした。
それは、(申し訳ないが)正直に言うと、 電話を下さったお客様に対しての感謝の思いからではなく、 惨めな自分と、今にもこぼれそうな涙を 絶対に誰にも気付かれたくなかったのと、 感情に負けてしまいそうな私がいたので、 今日のこの特別な日に、 自分がやらなければならない事を しっかり割り切り、記憶に甦らせるためだった。
私はそのお客様の予約の電話に救われ、 いつもと変わらぬように席に戻った。
私がいないしばしの間、 三人さんは勤め先の話をしていたようだったが、 私が席に戻ると、また店内の喧騒とはかけ離れた 静けさがその席だけを支配した。 ・ ・ ・ ・ ・ 私は『一人』を感じた。 ・ ・ ・ ・ ・
若かりし頃に胸の奥にいつもあった感情を思い出した。
いいことなんて一つもない。
誰も助けてはくれない。
だったら一人で生きてやる、
何があっても。
何をしてでも。
もう誰も頼らない。
誰も信じない。
何度も生きる事をやめてしまいたいと思ったし 恥ずかしい話、実践したこともあったが 私は生きる事をやめるわけにはいかなかった。
当時、大変に困っている母親を置いて ましてや、更なる悲しみの中に投げ出すことは出来なかったし、 なにより、私には後に幼い子供たちが出来た。 大事でか弱くて愛すべき私の家族。 すべての責任を放棄してまで 一人で楽になる道を選ぶわけにはいかなかった。
私はなんとしてでも生きなければならなかった。
実際、一人で生きる感覚は 慣れればそう悪いものではなかった。 一人で生きる、と言っても表面的に何かが大幅に変わるわけではなく、 要は自身の心の割り切り方だけだった。 人とも適当に時間を過ごすし、 時事ネタも普通に興味を示す。 そして普通に笑う。 ただ違うのは、 本心を語らず、表さない そして、人と深く関わらないことだけだった。
その術を修得したお陰で、 過去の私は生きる事が少しは楽になったのだ。
そんな日々に慣れ数年過ごした頃、 私はボスに出会ってしまった。
『なんでも一人で頑張り過ぎないで。 身体大丈夫ですか? あなたも、たかが人間 お母さんのため、子供のため、に頑張る あなたが好きですけど。 頑張らないあなたも見てみたいです。 きっと、もっと素敵なはず。 追伸 余り悩まないで。 大丈夫。 ボスがついているから』
出会った頃にもらったメール。
私は、つたないこのメールに心が震えたのを 今でも忘れない。 恋愛感情には程遠かったかもしれないが、 私はこの頃から、ボスに気持ちをゆだねていたのかもしれない。
諦めていた、というか 求めてはいけないと思っていた部分まで、 私を温かく満たしてくれたボス。 求めてもいい。 ゆだねてもいい。 寄りかかったり甘えたりも 決して悪いことじゃない。
だってそれは
『お互い様』なんだから。
だから安心していい。 いつもそばにいるから。 いつもそばにいて欲しいから。
いつもそう言って私を抱きしめた、 ボスの優しい満面の笑みが脳裏に浮かび、 私はそのボスの面影に 『ウソツキ』 と心の中で呟いた。
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