カテゴリ:ストーリー
今日、 お店にまた Tがやってきた。
かなり酔っていたようだ。
酔った勢いなのだろうか、 また、私に 同じ話を蒸し返す。
『ボスの息子たちと上手に付き合う必要はない』 と。 『家賃払ってまで、今の家に住む必要はない』 と。
そして 『女のお前が 意地とカンパで生きる必要はない』 と。
前回のように 『一番の裏切り者のあなたに そんなこと 言われたくない』 などと 私は腹立たしい思いをすることはなかったが、 反面、 無性に悲しくなった。
もちろん 営業時間帯であったから 涙を流したり、 悲壮感を湛えた面持ちで 対応することはなく 満面の笑みで対応したが、 やはり、無性に 悲しかった。
時は動いている。 そう感じてしまった。
あんなに身なりに気を使い、 見栄を張ってでも格好をつけていた T。
今日 目の前に居たのは、 白髪交じりの ボサボサな髪型に 作業服。 目の下には 深い隈を作っていた ただの四十半ばを過ぎた中年男。
哀れだ、と思った。
この男も この男の家族も 哀れで仕方なかった。
人を裏切ってでも 自分の人生を守った男の末路が 目の前に、ただ、あった。
誰のためでもなく、 あざ笑うわけでもなく、 ただ 私は『悲しい』と思った。
人間の一生とはなんなのだろう。
人間の人生とはなんなのだろう。
一回きりの人生の中で 本当に守らなければならないものは 実は 非常に微々たるものなのかもしれない。
そんな微々たるものを それぞれが死守している。
それが その何気ない一生懸命さが 私には 愛おしく 素晴らしく思える。
私にも 少なくとも 死守するものがある。
それは 他人にとったら 取るに足らないものなのかもしれない。
でも 私には、 私が生きて行くには、 どうしても必要なものたち。
私の 生きる糧。
私の家族。
見栄も 言い訳も 綺麗ごとも 絶対に踏み込ませない 私の自信。
私の
プライド。
今流ではない 私の生き方。
意地とカンパで 守る 私の強がりなのかもしれないが。
そこには 誰の価値観も 必要ない、
私の生き方が
存在する。
Tを許せた私。
それは、 哀れむ想い以外の 何者でもない。
自分が生きてるんじゃない、 生かされているんだということに、 Tが早く 気付いてくれることを 願って止まない。
そして 私は 死守すべきもののため また、自分のために 『意地とカンパ』で 生き続けていこうと思った。
真実一路。
私の人生のテーマ。
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