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Aさんは農民である。
十五年前に小学校の教員を定年退職したAさんは、先祖から受け継いだ農地を耕して今日まできた。サラリーマンの頃は、農繁期になれば4時に起きて田の仕事をひとしきりしてから出勤したものだ。 山村の棚田で米作りをしたとて採算がとれるはずもないが、ご先祖が苦労して残してくれた田んぼだから耕作を止めるわけにはいかんと思っている。 昨年、Aさんの農地の脇を通る道路が拡幅工事され喜んでいたのだが、道路の法面が降雨によって削られてAさんの耕作する田んぼに流れ込むという事態を引起した。 法面の土砂の量は、少なく見積もっても2立方メートル以上ある。 すでに70歳も半ばを過ぎたAさんとその老妻にとって、この土砂を排除するのは簡単ではなかったが、せっせと一輪車に乗せてはデコボコした田を引っ張って排除するという作業を何度も繰り返し、やっと農繁期に間に会わせることができた。 ある日、しろ掻きを済ませた水田一面が、黄色く濁っている光景を見て言葉を失った。半世紀以上農業をしてきたAさんにとって初めて見るショッキングな光景だった。 もうひとつ不都合なことは、道路拡幅に伴い田んぼに出入りする道が自治体によって設置されたのだが、まともに農機具の通行が出来ないことが判明した。 Aさんは自治体に対し土砂の流入と農機具の出入りについて早急の善処を求めたが、「個人的な要望は受け付けられない。区長を通してくれ。」と拒絶されたのである。 Aさんと自治体とのやり取りは、文書によるものに発展したが自治体はガンとして主張を曲げない。Aさんは、工事完了から3ヶ月足らずで土砂が崩れたのだから瑕疵担保責任の問題として早々に補修してくれると思っていたのだが。。。 Aさんは、自治体との半年にも亘るやり取りの末、簡易裁判所へ民事調停を申し立てることにした。裁判所という公正な場で正否をハッキリしたいと思ったのだ。 自治体は法治国家の行政機関。法に則って物事を処理するはずである。民事調停ならば、基本的に話合いであるから穏やかに公正な話ができると期待した。 ところが、自治体は「道路工事に瑕疵はなく、管理にもいっさい落ち度はない。」などという「意見書」を自治体職員が裁判所に持参したことで、初日で不調となったのだ。 Aさんがせっかく公正な話合いの場を作ったにも拘らず、自治体の長が一蹴したのだ。自治体職員は調停委員に言った。「長がこう言うてる以上、私らにはどうしようもありまへんねん。」2名の調停委員は、調停には応じぬとの意思表示が文書で明確である以上、裁判所としてもどうにもならないと言った。 数日後、Aさんは提訴した。狭い村社会の中で「裁判する」ということは、却って苦しい選択となることは十分承知の上のことであった。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2004/05/23 08:54:36 PM
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