|
カテゴリ:つれづれなるままに
約30年ぶりに刑事裁判を傍聴してきました。高校生の坊主の夏休みの宿題に「刑事裁判を傍聴してレポートすること」という課題があったため、案内係よろしく一緒に行ってきた次第。
1件目は、大麻取締法違反・窃盗・振り込め詐欺事件の証人尋問(情状証人) 2件目は、詐欺・傷害事件(冒頭手続・情状証人尋問) 裁判官・検察官・弁護人という裁判のプロフェッショナルが、早口で又はボソボソと形ばかりの遣り取りを行っているように見えるのはなぜでしょう。 「この犯罪なら、この程度の刑罰が言い渡される。」という、法曹界の「常識」が裁判に反映するからなのでしょうか。 裁判員制度の導入がせまっています。刑事裁判制度はどう変わるのか。 裁判員は素人の中から無作為に選任された人が刑事裁判に関与することになる。 そうすると、検察官のボソボソ陳述はどう変わるのか?裁判官の早口の訴訟指揮はどうかわるのか? 裁判員は、素人の感覚をもって、「検察官の冒頭陳述は、何を言ってるのか聞こえません。」とか「裁判官の訴訟指揮は早口なので、もっと分かりやすく言ってください。」とか発言できるのでしょうか? ヘンに畏まって、分かったふりをして裁判官の意見に追随するなら、裁判員の存在価値はなくなってしまうのではないでしょうか。重大事件でなくても、今なお冤罪は存在し、その結果、人の人生を台無しにしてしまう事件は記憶に新しい。国家が人権を制限することを決定する刑事裁判。裁判員制度によって自由闊達な素人の感覚を尊重してもらえる運営がなされることを期待せずにはいられませんね。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[つれづれなるままに] カテゴリの最新記事
|