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玉虫左太夫の徒然草

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2017年12月29日
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法事の際の、ご住職のあいさつは、孫代表で弔辞を言った長男をほめるものだった。
感極まって、震えながら「お爺ちゃんの意志は私が継ぎます」との言葉が感動を呼ぶものだった。

一方、喪主の私に関しては、後で般若心境を唱える母と立派な弔辞の孫の対比で「信心深くはないお父さんを飛び越えて」との表現であった。これはあんまりではないか、と思いつつも、日頃、仏事を軽んじていた事実は見事に見抜かれてしまったとも思う。

仏壇を空けて、先祖の位牌を明けてみるのも初めてだし、わが宗派が○○宗であることを確認するのも
初めてのこと。

笑ったというと、また信心の浅さを、たしなめられるのだろうが、仏壇の中央にあるお釈迦様が
わが宗派とは異なる、お釈迦様が鎮座ましていたことが、わかった点。
指摘してくれた葬儀屋さんは、「機会があったら、変えたほうがいいですよ」との柔らかな
言い回しであった。

仏事というのは、人の亡くなる瞬間にしか、わからないものになっている。





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Last updated  2017年12月29日 17時19分08秒
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