遂に引退してしまった。
元バティ2世と呼ばれた選手、彼のキャリアにおいてインテル・ミラノに行ってしまってからが転落!?の始まりだった様に思える。 殆どの人が知らないだろうけどセバスティアン・ランベルという名前。インデペンディエンテが南米で無敵を誇っていた90年代前半に現れた若手ストライカー。父親もサッカー選手でサラブレッド。フランスで大活躍した事もある。ちなみにセバはフランス生まれ。 パサレラ代表監督が選手に長髪禁止令を出してバティが選ばれなかった時に活躍を認められ代表入り。ファルカンから加茂周に日本代表監督が代わった時にやったコンフェデレーションカップでアルゼンチンは日本と対戦し、日本がちんちんこかれた試合にも出て点も取っていた。 インテルではクラブが最悪の時期に入っちゃってチームと共に下降していった。スペインのソシエダでもダメ。母国に帰ってボカやリーベルでもプレーした。その時ヒドイ目に遭っていて運が悪すぎるという印象があった。行く先々で何の印象も残せないばかりか厄介者のような感じだった。例えるなら前園以上の落ち方と書けば分かってもらえるかな。 それでも過去の栄光か代理人の力か分からないけど必ず大きいクラブに所属していた。プロデビューの場所インデにも戻ったが怪我も重なり試合には出ていない。何年もプレーしていない時期が続いてた。 試合に出るために遂に小さいクラブに移る。アルセナル・サランディというアルゼンチン2部から1部に上がったばかりのクラブ。しかし、というかやはり殆ど出なかった。ベンチすら入っていない。何が原因か知る由はない。が、知りたい。ただ、それだけ。きっと現役は続けたかったろう。今年30歳。まだまだ行けたはず。 それにしてもバティ2世なんて呼ばれたの彼くらいだ。クレスポだって、バルダニート(現レアル・マドリーGM。86年W杯決勝戦で決勝ゴールを決めたFW)ってあだ名で呼ばれてるんだから。 こういう事はやはりどこでもある。まして凄い選手が次から次へと出てくるような国では尚更だが。こういうのがあると日本の新星大型FW君の事を想ってしまう。