テーマ:カメラ片手で歴史探訪紀(3)
カテゴリ:歴史を語る
まだまだ寒い毎日ですね・・いったいどうしたのでしょうか
待ちきれず、藪の鶯もすでに何回も鳴いて春を告げています 今回も元弘の乱の余話としてもう少しありますので我慢して下さい。 ★再び安養寺の話題になります★ 今から約20年前、平成元年が瓊子(たまこ)内親王没後650年でした。 町おこし、村おこし運動が全盛期だった頃ですね 安養寺周辺の有志が集まって稚児行列をやろうという事になりました。 目的はあくまでもこの哀話の継承をこの稚児に委ねて50年後の「没後700年祭」を盛大にやってくれるのを期待しての事でした。 がその噂がだんだんと他地区に広まって県内は勿論のこと島根県、隠岐、岡山・・・・建武の中興ゆかりの方々まで広まってしまったのです。 稚児行列で終わらないで自分たちも参加させてもらって「建武の中興」行列にして盛大なイベントをしようと言い出したのです 最初からその目的でスタートをすればよかったのですが7月頃からの思い付きでしたので実行委員長、役員はさぞかし大変であったろうと思います 市長さんも乗り気でしたし予算も付き、また横の連絡もとってくれました。 瓊子内親王、後醍醐天皇、塩冶高貞、名和長年、千種忠顕、結城親光、三位の局廉子、佐々木道誉、児島高徳、近藤、相見、金持、村上、藤井、王身代・・・ 面々をみれば建武の中興に関与した人物はまだ大人物が(護良親王、足利尊氏、新田義貞、楠木正成、赤松則村・・・・)関与して北条幕府を倒したのですがこの行列は隠岐脱出、船上山の合戦に関わる人物に限定していたようですね。 衣装は全て京都からの借り物です(有償です) この白黒写真が当時の地方紙の記事として残っているのみです <当時を伝える記事>平成元年11月5日実施 500m歩いた行列は安養寺で終結、「エイエイオー」と勝ちどきを挙げそこからバス2台で6km先の米子の商店街を行進したのです 沿道にはたくさんの見物人が・・・・・ 手軽なデジカメのない頃でした、撮影なんてとんでもない・・・・猫の手でも借りたい・・・私は会場設営班でしたのでそんな暇はまったくありませんでした。 ・ ・ ・ あれから22年が経ちました。先日大森委員長から電話がかかってきて 学校教材用の紙芝居が出来た、有志でこれやVTRを見ながら「話そう会」を 企画したので来ないかという。 都合をつけて30人程度の有志が集まってきました。 当時の大森実行委員長の挨拶、実行班のT書店社長、懐かしいお顔が見えます。 当時の45分のVTR(CDに編集しなおしてありました)を見たり、初めて披露される紙芝居をみて往時を懐かしく思い出した次第です ※隠岐配流中に美作国(院の庄)・・・岡山県において児島高徳「十字の詩」の有名な場面です 次の節目までまだ25年ありますね それはそれとして、このように冷え切ってしまった世の中・・・・なにか明るい情報、企画が無いものか・・夕飯を囲みながら楽しい懇談会となりました <瓊子内親王坐像>木製・・・安養寺蔵 <発行図書>T書店発行 <漫画もあります>漫画「瓊子内親王」より お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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