カテゴリ:ふるさとわが町
自宅のすぐ高台にわが集落(33戸)の氏神さんが祀ってありそれも同一境内に2つの祠があります
<祠2つ> 氏神、舟上神社 1つは所謂家内安全、子孫繁栄の一般的な祠ですがもう1つは「舟上神社」といっています。 ※今春「安養寺 瓊子(たまこ)内親王」を掲載しましたが 後醍醐天皇が隠岐島脱出に成功し船上山に立て篭もって北条幕府と戦ったあの船上山です。 米子市史を読むと明治10年代に流行した腸チフスの類だと思われます。 治療方法もなく丈夫な者でもバタバタと病になって死んでいった・・・と見てきたような事を長老は語ります 「神にもすがる」という諺どおり村人社中は薬師神社の本山「船上神社」に参拝祈祷してお札を授かったといいそれを祀って「舟上神社」を建立しました。 加持祈祷のおかげだったのでしょうかだんだんその病も終焉をしました 爾来今日までこの祠を守って「舟上神社」愛称フナノエさんと呼称し本山「船上神社」の大祭日に連動してお祭りをしてきました。 この2つの神社のためにお篭り堂なるもの(10畳木造瓦敷)も建ってこの中で下記の祭典が明治時代以降平成10年頃まで厳かに行われていたのです 1月6日:お陽待ち 4月24日:春の舟上神社祭 7月24日:夏の舟上神社祭 12月第1日曜日:申し上祭り(収穫感謝祭り) その都度、このお篭り堂に参集した地区の衆は宮司さんのお払いを受けていたのです。 皆の衆の馳走、お供え物の飾り付け・・・各戸の順番制で行っていましたが宮司さんの引退によってこの伝統行事も終焉の日がやってきました。 かさむ神社祭典費、料理当番のご苦労が廃止のきっかけとなりました。 かといって祭典そのものを廃止した訳ではありません。 4つのお祭りには順番の宅がお神酒、肴を調達して1時間だけ当番をします 希望者だけが参拝すればよくなったのです お供え物なし、宮司さん不在の祭典です みなさん喜びました平成の大改革でした特にお母様がたには大歓迎でした。 それを記念して(でもないでしょうけど)平成12年遷宮を行いました ※この祭典には宮司さんにはお世話になりました(笑) ------------------------------------------------------------------ あれから40年(つい云いたくなりますね、きみまろさん)・・・いや10年 もう舟上神社の土台が腐ってしっまたのです大工さんのせいではないのです、自治会が怠けていたのです。 木造を野ざらしにしてある訳ですので腐るのはあたりまえですそれなりの防腐、防錆対策がなされていなかったのです。 幸いに屋根はステンレスですが土台が腐ってしまいました。 この土台は当時の工務店に依頼して格安で新調してもらいましたが周囲の樹木が大きくなりすぎて日あたりも悪くなって鬱蒼とした神社になり季節柄落ち葉の絨毯です。 私たち自治会は今回我々の手で鬱蒼とした樹木を伐採する事にしました。 不要樹木の伐採8本、枝おろし4本 の掃討作戦開始です。 榊の木を2本切ってから大杉の倒木に掛かりました思い通りの場所に倒すためにトラクターで強めに引っ張っておきます。 <引っ張る>前進は禁物、トラクターで反対に倒れるのを防いでいます けたたましいエンジン音が森閑とした境内に響きます、この間全員は安全のため待避です・・・ 開始後わずか8分程度・・・伝達員の赤旗がサッ!と揚がると同時で全速でバック(引っ張れの合図)します。 ドサッーと枝の音と鈍い地響きがして樹齢140年の大杉はいとも簡単に倒れてしまいました <ヤッタッ> 全員拍手! <株元> 樹齢140年くらいでした プーンといい香りが漂います 奇妙な切り口はトラクターで無理やりに引きちぎったのかも その後は全員ハイエナの如く「寄ってタカって」枝葉の切落としです 主木は製材所にでも交渉しようということで農道まで牽引しようとしたのですが1トンのトラクターでは空回りです! それなら2重連ということで2台のトラクターで田圃の中を引きずりました。 想像に過ぎないのですが90m地面を引きずったので人力ならたっぷり7,80人は必要ではなかったかと(笑) 枝葉の切落、伐採は田圃の中央で見張り役を付けて焼却処分です、たとえ生木といえども油があるので火力が強くなると勢いよく燃え上がりますね <焼却処分> 枝下ろしも大変でした、なにせ7,8mの樹木に登って枝から枝に移りチェンソーでの作業には忍耐と体力を必要とします 電柱2個分のような椿の木も途中からバッサリです ある程度(70%)切断したら2トン用のワイヤーを掛けて強引にトラクター2重連で引き裂くから面白いです(安全のためなんです) <椿木伐採> ノーヘルはやめて! やかましい!! 5本、6本、7本と倒れて皆さんドッと集結でハイエナ作業 <分断> 主木は別個で積んでおきます さすがの女性軍(おばさん、おばあさんです)はチェンソー、ナタは不向きでしょうから専ら運び屋さん、そして祠の防腐剤塗装と遊んでおしゃべりする人誰もいません <防腐剤塗り> 丁寧な作業は女性に限ります それだけ作業内容を検討し「ここのエリアは**班」と班構成も組んで能率は良かったです 前日に班長会議、土台設置もしておいたのが良かったです。 「段取り7部に本番3部」とはまことによく言ったものです しかし指揮官は疲れました。危険作業、高所作業の指示、巡視ですからね。 ヘルメット着用でやってくれといっても聞いてくれません「どこにそんなものがあるか工事屋でもあるまいに!」・・・・・ですからね。 事故でもあったら警察沙汰、責任は自治会長に・・・ 秋の日は釣瓶落としとやらで夫婦杉の一本・・・婦杉が残りましたがここで無理をして事故があったら・・・・と思いながら終了のサインを出さざるを得ませんでした。 心残りはしますがこれでいいのだ思います なぜかって、それは後世の世代のプレゼントだからです何も残せなかったらダメな集落になるに決まっています。 共に協力しあってそれが地区の結束力となって来る事に期待をしたいからなんです こうして8時半~16:30までの掃討作戦は無事に終了しました <倒木>積み上げて30本、一刀彫の名作が出来そうです 現地渡しで無料で差し上げますが如何ですか(笑) 我々の地区は欠席料は半日2千円です本日は一日作業でしたので10戸欠席でしたので盛大な慰労会を催して無事故、無災害のお祝いしました 明るくなって2つの神さまもきっとお喜びであったにちがいありません <あくる日>以前はこの位置では「お篭り堂」は見えませんでした ※撮影の余裕は殆んどありませんでした、ただ胸に忍ばせたコンデジで盗み撮りする程度でしたご容赦下さい シャッターチャンスは随所にあったのですが私の両手は作業中でした お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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