総理の言葉のほうが軽い?
イージス艦の事件で漁船の乗組員の死を前提とした発言を何度も繰り返す総理大臣・・・追求されると「陳謝します」で済ましてしまう。中川翔子さんが心の底から発した悲しみの言葉とどちらが重いのか?本心から心配して涙を流した人がバッシングされて謝罪して沈み込んだのに、一国の首相が軽々しすぎないのか?中川さんをバッシングした人は福田をバッシングして自民党に苦情のメールを送るべきだと思う。そうしないとただ単に女子供にしか強く出来ないだけの卑怯者と言われても文句は言えないのではないか?福田政権には前々から不満はあったので今度の選挙は絶対に自民党には入れません。選挙に行かないことで表現してもあいつらは痛くもかゆくもないのだから、兎に角、あいつら自民党は痛い目を見せてやらなければ眼が覚めないだろう、特定財源を止めたらその財源はどうするんですか?それは要らない道路を作らなければ必要ないお金ですから財源なんか必要ないです。財源が云々と言ってる人は必要のない道路や国土交通省の無駄な金遣いや必要以上に高い給料を払っているのを継続することを前提にしていることを理解しているのか?