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前回の日記の続きといっては何だけど、 莫大なYOU TUBEのコメントを見ていて、人間の嫌な部分というのを、毎回感じざるを得ない状況に、ある意味嫌気がさしている。 人の受け止め方は色々あって当然なんだし、言論の自由と言うのも心得てはいる。 つもり。。(^_^;) でも数々のコメントを読んでいて、とっても悲しくなってくる。 誰かが素晴らしいものを持っていたり、 綺麗な物を見て感動した時に、 その人、各個人の心が、どう反応するのか? という事を、深く考えさせられてしまった。 例えば、日記で紹介したVon君の件を例に挙げていうと、 勿論人々の感想は様々、 彼の才能を褒め称える者、 彼を心から祝福する者、 あの程度は別に大した事無いよ、という者、 私の方が上手よ、今度彼と対決してみたい、という者、 力み過ぎてて、良い出来とは思えない。と言う者、 上手だけど、もっと細かいレッスンが必要だ、とアドバイスをする者、 唯単に、(彼のパフォーマンスは)“きらい”とだけいう者、 本当に色々あった。 そういった人々の感想は、それがネガティブなものでも【意見】として受け入れられるもの。 だけど、彼が物腰の柔らかい白人青年で、ハイトーンな声で女性の歌を唄っているから、と言うことなどを理由に、ゲイと決め付けて、 人種差別丸出しの、気分の悪くなるコメントを残すのは、許容範囲を超えてはいないか。 これらは【意見】とは言えない。 と私は思う。 差別と色眼鏡で人を見て、実際に暴力を振るう訳ではないけれど、 言葉の暴力で人を傷つけている。 YOU TUBEでの感想といえば、 「ゲイバージョンでは最高の出来栄え。」 「あー気色悪い! 私の彼氏がもしこんな風に私に歌ったとしたら、さっさと別れるわ。それにこの彼、私なんかよりも、ずっと大きい子宮を持っていそう。」 「白人としてはベストなんじゃないの。」 「彼は一体どんなドラッグやってるんだ?俺も試してみたい。」 「Rosieもゲイ(事実)だから、特別待遇したんだよ。」 など等、枚挙に暇が無い。 ここで取り上げて見て、改めて嫌な気分になってしまう。 彼のパフォーマンスについての感想を、素朴に期待する方が間違っているのか。。。 何で“ゲイ”とか、人種をわざわざ取り上げるのか、 私には理解出来ない。 一々「ゲイ」だ、「白人」だ、って、mentionしないといけない法律でもあるのか? そういう事を持って来ないと、物事語れないのか? とさえも、思ってしまう。 こういうのを見たり聞いたりする度に、 余りにも見事に、全てにおいてこじつけるから、驚きと呆れである意味感心もする。 白人だから何だってーの? ゲイだから何だって言うのよ。 白いとか黒いとか、黄色いのとか、 ゲイだ、チビだ、ハゲだってさ、 足が無くたって、おデブちゃんだって(コホン)、珍しい病気を持ってたって、 皆同じ人間だよね。 人に基準なんてなし、人が人を蔑むべきじゃない。 福沢諭吉の、 「人は人の上に人を作らず、人の下に人を作らず」 と言う言葉が頭の中で、今ぐるぐると木霊しています。 これはこのVon君の件だけではなくて、昔からYOU TUBEを観ていて感じていた事。 まあYOU TUBEに限らず、日常では当たり前の様に起っている出来事なんだけど、こういう社会の中で育つ子供達の事を考えると、何だか末恐ろしくなる。 昔からこのテーマに関しては、何度も触れて来たけれど、 差別の無い世の中を語るのは、夢物語で無謀だと諭す人も居る。 偽善者ぶってんじゃねー。と思う人も居るかも知れない。 でも実際には、こういう些細な事から始まって、目に見えない暴力が、結果として命を失うような重大犯罪にまで発展している。 今の世の中、こういう事は日常茶飯事だから仕方が無い、 と言って慣れっこになり、このまま黙認して良い訳が無い。 前にも日記で書いたけれど、 人の気持を察する、人の痛みを分かろうとする。 そういう姿勢を一人でも多くの人が持ち、 又、子供達に身をもって教えて行くのが、今一番必要なんじゃないかって思います。 それが草の根となって、将来花を咲かせてくれれば一番良いんだけどね。 それにしても、ひねくれた、差別的発言をしてしまう人達って、 もしかして、今までろくに褒められた経験が無いのだろうか。と思ってしまう。 自分の才能を認めてもらう、という経験が無かったが為に、 ひねくれた性格になってしまうのか。。 または、親の差別主義からの影響なのか。。。。 これはあくまでも、私個人の意見なんだけど、 子供の頃によく褒められて育った人は、自分に自身を持っているだろうし、 親からの愛を、充分に感じて育っているだろうから、同時に他人を愛する事も学んで居る。 情緒も安定して、人に対して優しく、思いやりのある人間になれると思うんです。 だって、 子供の頃に、ちょっとした事でも、誰かから褒められた事って、何だかとっても嬉しくて、いつまでも鮮明に覚えているものではないですか? それだけ“褒められる”と言う経験は、強烈で私達の心に深く響くものだと思うんです。 何だかとーーーっても偉そうに、色々御託を並べて来たけれど、 恥ずかしながら、私自身反省する所は沢山あります。 YOU TUBEを通して、再び自己を見つめる良い機会を与えられたと、今つくづく感じています。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2007/03/07 08:10:45 AM
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