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カテゴリ:生活
私は暇な時に散歩を兼ねて、時々道のゴミ拾いをしている。これは完全なボランティアと思っているし、気分良く遣っており、年金も貰っているから社会へのお返しだと思い、幸せも感じながら遣っている。 そして少し前に、我が集落道の清掃を一人で遣ったのだが、何となく幸せ感はそれ程感じ無かった。つまり、完全なボランティアで無い様な気がして、数日で止めてしまった。同じ行為なのにどうしてなのだろうか? 理由は分からないが、自分に近い人や場所での行為は本来的なボランティアでは無いのかもと思い始めた。 つまり自宅周り清掃しても、これはボランティアでは無いと思う。つまり全くの他人で困っている人に色々して上げるとこれはボランティアだが、自分の子供や、親戚や知り合いの困っていると、世話しても、これもボランティアでは無い。 つまり良く考えると、ボランティアとは遠い所や知らない他人にしてあげるのがボランティアなのかも知れない様である。 つまり社会と言うか、赤の他人にしてあげるのが本来のボランティアなのかもね。昔から日本にも有ったのだろうが、日本語では何と言うのだろうか? そしてボランティアが日本に大きく定着したのは神戸地震からだそうだ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2024.05.17 05:45:30
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