もっと深く絶望せよ
何かしている時急に、昨夜の夢を思い出したりする。今日は思い出しかけては思い出せず、思い出してもうまく文章に出来ないような思い出し方で、それなのに何かが気になる。夢は二つ見たのだ。一つにはSちゃんが登場して、Sちゃんは何日か前にも現われた。はてさて何か辛いことでもあったのか。それともSちゃんの夢に象徴される何かのお報せなのか。そんなことを考えるがもう一つの夢がもどかしい。一日に何回も、何かのたびに喉のここまで出掛かっている言葉のようにもどかしい。夜になって、レコードをさわっていてまた喉元まで夢がでかかった。タイトルの文は、著名な誰かの言葉だったか本のタイトルかだが、浅川マキのレコードを手にして、自分よりもっともっと暗いものに真の救いがある。自分を救ってくれるのは決して笑いや明るさではないのだ。というようなことを書いていた人を思い出した。名はなさそうな人の文章だが、私には共感できるもので、今でも暗いからこそ救われたというそのことを時折思い出す。しかし私は、それこそそこは遙雲師の質の話で、質が多いに違うから、私の元に来ていた娘達に、その私好みの暗いものを好きになれとは絶対に言えないし、もっと深く絶望せよとも言えない。明るさの中の暗さや、暗さの中の明るさや、そんなことは話したような気もするが、年をとって、あの娘たちはどんな暮しをしているのだろうか。T子は幸せでいるだろうか?あの娘たちにはうんと明るいものが似合うし、やっぱり笑顔が似合っている。