進歩なし
たまたま90年前だという東北の大飢饉のYoutubeを見た。漫画でいえば「断崖ー母なるもの」の時代か。小説でいえば高橋和己の「邪宗門」に書かれた時代の話かな?飢えと寒さでボロボロの母子には死の旅。亀岡まで歩いて行く厳しすぎる道中、母は倒れ、自分の肉を食べてでも亀岡に辿り着くように母は子に言って死ぬのだったな~。そういう時代の話。東北の、着物も布団もない、食べるものはもう牛や馬の餌と同じもの、そういう時代、東京の新聞では贅沢な食事を取り上げ、街は華やかさを演出していた。当該自治体の首長たちはその惨状を政府に訴えるべく上京したはいいが、よし!それでは潰れた4軒の銀行を再建しましょ、次に商業を立て直しましょ。そういう話だったらしい。いやいやそれは二の次三の次でしょと。農民たちは今日食べる物もなく、今日餓死するか、今日凍死するか、なのだ。即食料でしょう!時期的に今、赤い羽が手元にある。私は時々思う。テレビでは貧しい人達のことを時折取り上げる。募金の話もある。大いに活動している団体もある。が、一方でグルメ番組はやたら多く、真面目くさった食品廃棄報道もある。ぜいたくを取り上げる番組にはいとまがない。寄付とかなんとかいったって、これは本当に末端の貧しい人達に届いているのか。届いていることに間違いない年て、寄付された分の一体どのくらいが本当に直にそれに役立っているのか、と。池上遼一の劇画にあったが、あれが本当でしょ、多分。