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ひよきちわーるど

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2006.03.23
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カテゴリ:思い出の人

世は桜に染め上げられ
まさに春一色である。

こういう時期にこそ「万葉の森公園」に行こうと思うのだけれど
ひとつだけ行けない理由がある。

稲美町にある万葉の森公園には椿の木が多く
殊にこの時期、緋色の椿が地を鮮やかにいろどる。

この落椿を目にすると
今は亡き祖母のことを思い出してしまうのだ。





祖母は80歳を過ぎる頃より認知症が進み
そのうち夜と昼との境がなくなってしまった。

心細くなると 夜といわず昼といわず
大きな声をあげて家族の者を呼ぶのである。



最初は私たち孫のことを覚えていてくれたのだけれど
そのうちに自分の子どもである、私の父のことさえも分からなくなってしまった。

そしてしきりに50年以上も昔に亡くなった
自分の夫のことを話すようになる。

その夫のことを話す時期を過ぎると
今度は自分の父親のことを話すようになってきた。






そんな中でも 
ふと、現実に舞い戻ってくる時があった。

私の顔をじっと見て
「○○さん(ひよきちの夫)を大事にしなさい」と話しかけるのである。

そして「みゆきは大きくなった?」とも訊いてくる。

「うん、みゆきも大きくなったよ。」と私が答えると
安心したような表情になる。





そして今度は私の父に向かい
「あんたが死ぬまで私は生きるから。」と呟く。

「あんたの一生を見届けんことには死ねない」とも言う。




・・・私も子供を持って初めて 
この祖母の気持ちが分かるようになった。

本当にそうなのである。
我が子の一生を見届けないことには死ねないと思うのだ。

この強い気持ちには 理屈や常識でははかれないものがある。




確かに常識で考えたら不可能なのである。

もうすぐ90歳になろうかとしている祖母が
60歳になる自分の息子よりもさらに長生きして
息子の一生を見届けるというのだ。




夜も昼も分からなくなり
いつもいつも淋しいと言っていた祖母が
自分の子どもを守ることだけは決して忘れなかった。





樹を離れてもまだなお鮮やかな緋色をたもち
地を彩る椿の花を見ていると

そんな祖母のことを思いだして辛くなる。





・・おばあちゃん
もう、自分のことだけ考えればいいんだからね。

お父さんのことは私たちが守っていくから。
だからおばあちゃんは何も心配しなくていいからね。

そう、伝えたかった。




その言葉を伝えることも出来ないまま
4年前の冬の夜 祖母は逝ってしまった。



祖母危篤の報を受け取ったとき
私は腰を傷めており 寝返りさえ打てない状態だった。

なんでこんな大事なときにこういうことになるのかと
床の中でどれほど泣いたか分からない。

九州で行われたお通夜にも告別式にも参列することは出来なかった。






告別式に参列できなかったためか
私の記憶の中では 祖母は生前のままの姿なのである。

だから時折 車を運転しているときでさえも
視界の端に祖母によく似た人を見つけると
急ブレーキを踏みそうになる自分がいる。

祖母によく似た人を見かけ
「あ!やっぱり おばあちゃんいた!」と思い
急いで車を止めようとするのである。









春 四月。

近所を歩けば沈丁花の香りが漂い
空を見上げれば 淡く桜が香る。

山の淡い緑の中に桜色が広がり
遠く霞むようだ。



そんな中 地にある椿は
樹上に咲いていた頃と少しも変わることなく緋色をたたえている。









爛漫と咲き誇る桜。

色をとどめて地にある椿。






同じ春の中にありながら
そのふたつの花のまわりには

おそらくは
違う時間が流れている。






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Last updated  2015.10.28 15:25:21
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