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ひよきちわーるど

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2008.06.13
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カテゴリ:生きていくこと

まこと病院というところは 診察ひとつとりましても
そしてまた検査ひとつとりましてもスムーズに行われることはなく
一体・・・何日待たされることでしょう。

しかし、これもまた 
世には多くの病気や怪我のありますことの証明に他ならず
他の皆様方も おそらくは同じ思いを抱えながら
ご自分の診察の日を待っておられるに違いない、と。




・・・今朝、ふと目を覚ましまして
階下で家族のたてている音・・・夫のひげそりの音 
娘のドライヤーの音 顔を洗う音を耳に致しました。

こういう、何気ないところに
ちいさな幸せは隠れていたのだと。

愛する家族がそばにいて 一緒に暮らしていけるということは
なんと幸せなことなのだろう、と。






先週の検査の結果が返って参りました。

その検査で「白」が立証されれば・・・と淡い期待を寄せていたのですが
よりにもよって その検査結果により更に詳しい検査が必要となり
来週は、最も行きたくなかった病院に行かざるをえなくなりました。

・・・それでも、来週そこで行われる詳しい検査により 
今度こそ「白」であることが立証されるのではないかと
そんなふうに期待してしまう・・弱い自分もいるのです。







年を重ねるということは 変化を受けとめることではないかと。

・・・今年の春、私は「孫である自分」を失いました。
もう、これからは誰の孫でもなくなったわけです。


そしていつかは 娘である自分をも失くし
次いで 妻である自分を失くしていくものでしょう。

自分に訪れるひとつひとつの悲しみを
おそらくは死ぬまで癒えぬであろう悲しみを胸に抱えて
年を重ねていくしかないのだと思います。






一年に一度 九州から両親がこちら関西に参りますが
その、両親と共に過ごす僅かな日数を
私は大切に、大切にしているわけです。

両親と過ごすこの一瞬一瞬を缶詰のようなものに詰めて
いつか両親が逝ってしまったあと
その思い出の詰まった缶詰をそっと開け
自身の生きてゆく糧にできたらいいな・・・・と。

しかし、現実にはそのようなことが可能とも思われませず
両親と過ごす僅かな日数を
宝物のように大切に胸に抱くことしかできないのです。









本当は、愛する家族と過ごすことのできる持ち時間も
最初から決まっていて

砂時計のように時はこぼれて

1人ずつ 人はいなくなって





決してとどまることのない流れの中 


喜びも悲しみも 

何もかも受け入れ

生きていくしかない














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Last updated  2015.04.04 02:39:26
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