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ひよきちわーるど

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2008.07.14
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カテゴリ:故郷
今年の夏は、どんなことがあっても九州に帰省しなければならない。

これまで、ただでさえ暑い夏にこれまた暑い九州に帰るのが辛く
あわよくば春に帰省しよう・・・などと思っていたのだけれど
今年中に幼い頃を過ごしたかけがえのない家が取り壊されることをきき
最後の見納めに帰ろう・・・と決めたわけである。

幼い頃を過ごした町の名は 飫肥
山間の小さな城下町である。

この飫肥の町に生まれ 11歳の頃までここで過ごした。





7年前だったか 当時5歳の娘を連れて
久しぶりに飫肥に戻ったのだけれど

懐かしい道を歩いている途中 
突然私は母の名で呼ばれ
ふり返ると 昔近所に住んでいたおばさまが立っていらした。

・・・そのとき既に 飫肥を離れて24年が経過していたというのに
おばさまは私に気付いてくださったのだった。

あとできいたところに寄れば
私は母の若い頃に瓜二つであり
それで思わず、私を母の名前で呼んでしまったということだった。




・・・・考えてみれば
私たち一家が飫肥を離れたのが 今から31年前。
私の母が35歳になる11日前のことだった。

そして 私が娘を連れて飫肥を訪れたのが
私が35歳になる5日前のことだった。



近所のおばさまにしてみれば
数十年も前に飫肥を離れたはずの女性が
当時の姿形のまま突然姿を現し 道端に立っていたのである。
さぞ驚かれたことと思う(笑)。

無論それは、私の母が現れたのではなく
母の姿形を受け継いだ私が立っていただけのことではあったのだけれど。





飫肥の町には我が家のお墓があり
お彼岸の時にはお参りを欠かさなかったのだけれど
両親が言うには 来年もしくは再来年中にお墓を大分に移すのだという。

大分に広い墓園が完成し、管理もきちんと行って頂けるということで
もう購入も済ませたとのこと。

遠い将来、私たち子ども4人が集まって
大分の温泉にでも行きがてらお墓にお参りに来ると良いよ、と言う。




・・・・大分には縁もゆかりもない。
ただあるといえば・・・祖母の実家があったというだけのことである。
同じ九州管内とはいえ、不案内の場所でもある。

そんな遠い場所に両親は行くのだという。




考えてみれば、現在お墓は飫肥にあるけれど
実家の跡取りである私の弟は三重県に在住しており
おそらくは宮崎に帰ることはないことと思う。

当然のことながら、現在6歳になる弟の息子もまた
このまま三重県で成長し、
遠い将来、我が家の拠点は宮崎から三重県に移ることとなる。



・・・そういうことを考え合わせた上での
このたびの決断だったのかと思う。





今年中には 幼い頃を過ごした家も取り壊され
そしてやがてはお墓も他県に移ることになる。

今まで、自分の依所となっていた場所がなくなってしまうのだ。
ここに帰ってくれさえすれば大丈夫だ という場所がなくなってしまう。


・・・そんなことをつらつらと思いながらの、今年の夏である。







今年、飫肥に帰るときには日帰りではなく
何処か飫肥の片隅に宿をとり
静かな夜を過ごしたいと思う。






今でも飫肥に戻れば
あの頃20代だった両親とまだ小さかった子どもの私が
笑いながら暮らしているにも思え



その頃の私たちにもう一度逢えそうな気がして

・・・気がつけば 

心の何処か 少し華やいでもいる。














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Last updated  2015.04.04 02:31:03
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