粉飾決算の実務
安愚楽牧場の件である。一種の金融詐欺事件と言ってしまえば簡単であるが、実態のないペーパーカンパニィではない点が珍しい。債務総額が4000億円ってすごいではないか。元経理マンの私が一番驚いたのは、「出資金について、満期前・返還請求前は負債計上してなかったっぽい」ことである。これは酷い粉飾である。あり得ないレベルだ。金融機関が貸倒引当金を過少計上していた・・ぐらいの話なら、リスクの過少評価であり、経営判断が甘かったとか言い訳が可能だ。しかし出資金の計上していなかったってどういう事?出資者から現金を受け入れた時点で、1)出資の払い込みがあったと処理する(資本の増加)2)証拠金を預かったと処理する(負債の増加)3)借入したと処理する(負債の増加)いづれかの会計処理が必要だ。出資金を預かって会計処理していないって事は受け入れた金が闇に消えたという事になる。会社が公開していた直近の財務諸表では、負債は817億円であったらしいが民事再生法の適用申請した時点での負債総額は4000億円を超えているらしい。この差額は何であろうか?私の推理は以下の通りである。安愚楽牧場はかなり前から自転車操業になっていて、異常な条件での出資金集めに走っていた。今回の震災と放射能汚染の被害によって倒産するきっかけを掴んだのであろう。経営者は粉飾決算をして出資金を集めた・・もちろん二重帳簿を作成してはいたのだろうが、異常な高金利で出資者の再投資や追加出資させていくうちに、出資元本と金利の区別も付かなくなって、実際のキャッシュフローが経理担当者でさえわからなくなっていたはずである。安愚楽牧場の経理はラクであろう。実質赤字であるのに粉飾してわずかばかりの税金を払い続けた。国税の査察は調査にこない。実態を暴いても一銭も追徴できないからだ。銀行を欺く必要もない。金は出資者を騙して集めるのだから・・まして株式を公開してはいない。実際には多くの牛オーナーに出資させているのだから上場会社並みの情報公開義務があるはずだが、法的には取締りの対象外である。株を公開し、税務署も銀行も騙した上で金を集めるのをサポートするがプロの経理である。安愚楽牧場のような場合、金の流れは社長しかわからない。社内の人間さえわからないようにする。経理マンは身内かイエスマンであって疑問を感じるような人間はすぐにクビになる。(笑)日本にはこういう会社が多い。それも一般企業よりも学校法人や医療法人に多い。これは税制の根本的欠陥による。制度的欠陥の話は長くなるのでやめる。この事件は今後、東京電力への損害賠償がどうなるかに注目したい。被害者・債権者の代理人である弁護士やそれを補助する会計のプロが、どこまで安愚楽牧場の経理の実態を掴めるかが第一のハードルである。しかし・・このハードルはかなり高いはずだ。次に東電への賠償請求して。どれだけ回収できるかだ。国や地方自治体は被害者を救済するかのようなフリをしているが、決してそうではない。役所は役所の論理で動く。東電は自力で賠償する能力がないので経済産業省の機構が立て替えて支払うことになっている。その機構がまともに払うであろうか?被害といっても安愚楽牧場に騙された部分と原発による被害を線引きする事が困難なのだ。安愚楽牧場の経営者は、自分たちが何をしたのかを被害者たちに立証させ、被害者が東電から取った分を被害者たちで分配してくださいという話だ。通常の倒産と違って東電によって倒産したフリをすることで挙証責任を回避しようとする。その開き直りは、俺の顔を見たくなければ法案を通せという言った人に似ている。民事再生法は認められないだろう。会社更生法なら事業の譲渡を希望する人が現れるかが鍵だがかなりキツイ条件でしか現れないはずだ。刑事裁判では経営者の責任は強く問われるはずだ。民事裁判では東電や国の責任がどこまで追求されるはが疑問だ。国や電力会社の負担を軽減する方向へ圧力がかかるはずだからだ。