美容室を替える
もう10年近くお世話になっている美容室を替えようかな、というより替え時だと思う。なかなか一ヵ所に定着出来なくて、あちこち巡っていたが、新規に開店した所が良いよ、と知り合いに紹介され行き始めた。話をよく聞いてくれてアドバイスもしてくれて、丁寧に扱ってくれるのでとても感じが良いと思って通っていた。何しろ子どもの頃から自分の髪が大嫌い。癖が強く気に入った髪型に出来たことがない。だから仕事を始めてからは癖毛ですぐ髪が膨れてしまうので長くしてまとめていた。行く度に洗い方やブローの仕方の指導を受けて髪質が少しづつ改善。仕事を辞める一,二年前からボブカットに出来るようになって来た。昨年の30日、予約通り9時に行く。いつものように座り、例のごとくカウンセリング…何が楽しいことありましたか、お出かけする予定は、と色々聞いてくる。少しは予定はあるがここで披露しなくてもいいし、別に予定なんか無くたってこっちの勝手だし この先ずーっとこうなのかな。何かが違うような気がしてきた。それに今回も髪の毛のケアを言われた通りにしていないので、気に入らないようで「毎回言ってますよね。ルハマさんの髪の毛は最初からシワ化工の髪なんです。濡れた時も以外櫛や手櫛もダメです。言われた通りにやってないから、結局こんなもんなんです。」いつもぼわっとした頭で行くし、言われた通りにしているつもりでも、洗ったそのときははよくても、汗をかいたりすると広がってしまう。私のためと言ってくれているのだろうが、最近それがストレスになって来た。多少癖でぼわっとしていてもそれはそれで良いのではないか、自分らしく生きて行きたくなった。働いているときは神経を使っていたが、もう疲れた。暮れで忙しいのか何か気にくわないことがあったのか、あんなに感じが良いと思っていたのに、意外と切れやすい性格なんだ、とわかった。こうすれば良くなる、本当はこうだ、と言うことも大切だが、プロとしてのプライドもあるのだろう。それに応えられない自分も悪いのだろう。毎回11,000円以上払っているになぁーと心が少し傷ついたいつもは次の予約を入れて来るのだがその気になれず帰って来た。違う所を探してみるつもり。さらっとやってくれる美容室に出会いたい。教会も同じだと思った。これが真実なんです、これが本当なんです、と教理や教義を押し付けてはいけない。大切なのは隣人愛。不完全でも出来なくても、愛を持って接すること。その人がその人らしく生きて行けるように応援すること。帰還する日もそう遠くはないはず。ゆったりと生きて行きたい。