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おすすめミステリー小説、本、ビジネス書、お勧め音楽、お薦め映画 by ホーライ

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Mar 12, 2011
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カテゴリ:日記
昨日の地震が発生したとき、僕は45階立てビルの12階で仕事をしていた。

最初は「おや?地震かな?」と思ってるうちに、どんどん揺れが大きくなり、ビルのきしむ音がしてきた。

フロアーで働いている同僚のみんな「大きいぞ!」「キャー」と大声を出していた。

僕は一番大きな揺れが来る前に「ちょっと大きいぞ」と思ったぐらいの時に、オフィスから出て非常階段にひとりで向かった。

この時はまだ、避難を促すアナウンスは無かったが、先日のニュージーランドの地震を思い出し、「とにかく上の階はやばい。できるだけ下に行こう」と本能的に思った。


12階から1階まで歩いて(当然、エレベーターは使えない)降りることは1年に1回の避難訓練でもやっていたし、逆に1階から12階まで歩いて階段を上ることは、健康のために普段からやっていた。

その非常階段を駆け下りている間もビルは「ギシギシ・ミシミシ」と不気味な音を立てていた。

走り降りているので、揺れ自体はそんなに感じなかったが、壁の塗料が細かく落ちてきて、まさに、「やばい!」と思った。

1階の外まで降りてみると、数人の人がビルの上を見ていた。

僕もビルを見上げてみると、僕たちのオフィスが入っている、まさに、そのビルが風にあおられる木のようにゆっくりと揺れているのが分かった。

揺れも落ち着き、周囲の様子も見えてきたが、とにかくどんな地震なのか、どこが震源地なのか、家族は無事なのか、と様々なことが頭をよぎった。

僕の近くに二人のOLがいて、携帯電話のワンセグでテレビニュースを見ていたので、僕もそれをわきから見ていた。

今回、痛烈に思ったのが、「携帯電話は非常時には絶対に使えない!」ということだった。

メールはもちろん、電話も一切だめだった。

この状況は、結局深夜の2時ごろまで続いた。

ワンセグのニュースではとにかく大きな地震が東京を襲った、ということしか当初分からなかった。

携帯電話も使えないので、すぐにコンビニに走り、「テレホンカード」を買った。

「テレホンカード」これは絶対に必要だ。

何故なら、テレホンカードしか使えない公衆電話が結構、あるからだ。

今回の教訓として、テレホンカードを常に持ち歩く、ポケットサイズのラジオも持ち歩く、というが重要だと分かった。

公衆電話を使って、とりあえず自宅に電話した。

家内は家にいて無事だった。

震源地のことや都内のこともこの時に情報を入手した。

ただ、長女と長男が都心にいるはずなのだが、連絡が取れない、ということだった。




余震がおさまったようなので、僕はもう帰宅しようと思い、12階まで非常階段を上って行った。

オフィスでは、書類が散らばるようなこともなく、みんな、わりと平気な顔で仕事をしていた(ように見えた)。

そしたら「あ!塚田さん、無事でしたか? 地震のあと姿が見えなかったので心配してました」と同僚の女性に言われた。


みんなはまだ仕事を続けるようだったが、僕はさっさと帰宅の準備をして、また非常階段を12階から降りた。

ビルを出て、普段、通勤に使っている地下鉄の「新富町」まで歩いていったが、救急車のサイレンが鳴り響き、お台場方面から火事らしい黒煙があがっているのが見えた。

新聞社のものらしいヘリコプターも数機飛んでいた。


きっと地下鉄は止まっているだろうな、と思ったし、もし動いていたとしても余震で止まる可能性もあったので、そのまま東京駅まで歩いた。

この道も、僕は健康のために歩いたことがあったので、道順も分かっていた。

途中で街灯のランプが道路に落ちて散乱している場所もあった。

また、防空頭巾をかぶった小学生の集団が先生に引率されている場面にもあったし、ヘルメット姿で集団で公園に集まってる人たちもみた。



東京駅に着くと、案の定、JRの各線は全線、ストップしていた。

「こりゃ帰れないぞ」と思い、すぐにコンビニで飲み物とパンを購入。

東京駅の構内で風があたらない場所を探し、そこに座りJRの再開を待った。

とにかく、昨日は寒くて、できるだけ地下にいって寒さをしのいだ。

ただ、大きな余震があったときに、地下にいるとやばいと思ったので、階段の近くに座りこみ、持っていた本(『依頼人』:ジョン・グリシャム)を読み始めた。

駅の構内ではなく、ちかくの暖かい喫茶店等に行くという考えもあったが、JR線の復旧がすぐ分かるのは駅構内なので、寒いが、我慢して「待ち」の姿勢に入った。

このJRの復旧などの情報が重要だということは、実はある経験から身に染みていた。



それは、今から30年位前、家内と二人で茨城の偕楽園に梅を見にいったことがあった。

この時、電車に乗って東京に戻ろうとしたら、かなり大きな地震があり、水戸線が完全にストップした。

僕たちはまだ東京についていなかったので、電車の中で待つことになった。

僕は家内を置いて、飲み物を買いにいき、ついでに電車の復旧情報を探りに改札に向かった。

すると、駅員が「JRのバスがこちらに向かっています。それでとりあえず東京駅にまで行けます」という情報をいち早く入手、そのバスで都内にまで戻った、という経験があったのだ。

ただし、東京駅に着いたのが夜中の2時ころで、もちろん、そこからどうしょうもなくなり、駅員に困ったんですけど、と相談したら「こちらに来てください」と、東京駅の構内の普段なら入らない職員用通路をとおり大きな会議室のような所に案内された。

そこで、始発の電車がくるまで待った。

これまた、駅員に情報をもらいにいったおかげで、寒さをしのぎながら始発を待つことができた。



この30年前の経験から、とにかく体力を温存し、暖かい場所で情報を待つ、ということを昨日もやった。

すると10時過ぎに意外なことに地下鉄が真っ先に復旧したというアナウンスがあった。

地震だから、地下にある地下鉄は復旧が遅いだろうと思っていたので、本当に、意外だった。

ただ、僕の帰宅経路の路線はまだまだ普及する見込みはなく、駅構内のアナウンスもひたすら「JR東日本の新幹線と在来線は本日は全て運休です」ということだけを繰り返していた。

こりゃ、やっぱり東京駅で徹夜かな、と思っていたら11時頃に私鉄の京王線が全線復旧したという情報が入って。

京王線に乗れれば、帰宅も可能なのだが、東京駅から新宿まで行く手段がなく、これまた「待機」だ。

話は変わるが、京王線って、結構、頼もしい存在だ。

雪や台風などでJRの中央線が止まっても、京王線だけは動いている、という経験が何度もあった。

だから「京王線は偉い!」


寒さが骨身にしみ始めた頃、地下鉄の「丸ノ内線」が全線復旧したというアナウンスがあった。

「しめた!」だ。

東京駅から丸ノ内線で新宿まで行き、そこから京王線で府中まで行く。

そうすれば府中まで家内が車で迎えに来てくれる。

ということで、その経路で帰宅し、時間は深夜の1時をまわっていた。

ほかの同僚はどうしているんだろう? と心配した。

きっと、オフィスで徹夜するという手段を取った同僚もいるだろうな、と思った。

そうそう、東京駅のアナウンスで「本日は全て運休です。徒歩で帰宅できる方は徒歩で帰宅してください」というアナウンスもあった。


地震にあったら、とにかくラジオやワンセグ、駅のアナウンス等で情報を入手する、体力の温存をはかる、飲み物、食べ物を確保する、テレホンカードで公衆電話を使う、というのが防衛手段だ。


岩手沖の地震でこうなのだから、発生が間違いなく予想されている「関東大震災」のときは、どうなるのだろう?

無理して帰宅せずに、オフィスに残る、というのが一番かな。

そもそも、徒歩で火災などが発生しているであろう、都心を横切って自宅まで行くには危険だし、今のオフィスからだと歩くと多分10時間ぐらいはかかるので現実的ではない。




とにかく、無事に帰宅できてほっとしている。

3人の子どもたちも帰宅はできなかったが、全員、無事だというメールが来て、これまたほっとしている。


多くの犠牲者や被災者が出た、今回の地震。

被災された皆様にはお見舞い申し上げます。







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Last updated  Mar 12, 2011 11:05:32 AM
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