映画・海外ドラマ・本　ひとこと言いた～い

みなさん、錦織選手の活躍を見ましたか？決勝進出なんて快挙ですね。頑張ってほしいものです。さて、今日はトーマス・ハーディの作品を紹介します。

カスターブリッジの市長
The Mayor of Casterbridge
トマス・ハーディ
潮出版社

ヘンチャードは酒に酔った勢いで妻スーザンと娘エリザベスを見知らぬ水夫に売り飛ばす。翌朝酔いが覚め、必死に行方を探すが、すでに男と妻と娘の姿は消えていた。深く反省したヘンチャードは十八年後、カスターブリッジという町の市長となっていた。その町にかつての妻と娘が姿を現す。

　トマス・ハーディは容赦がない作家である。登場人物は一旦悲惨な境遇に落ちると、奈落の底に落ちるまで一度も止まらない。だから人は行動する前に熟考しなければならない、と言うことなのか、ヘンチャードが二人を売り飛ばす決断をする場面では、スーザンが翻意を促す件がしつこいくらいに描かれる。ヘンチャードは妻と娘を売り飛ばした後
「これから21年の間、いっさいの強い酒を断つことを誓います。これまでわたしの生きてきた年月に比べれば、それは一年にもあたりません。そしてこれを、わたしはいま、まえにある聖書にかけて誓います。もしわたしが、この誓いを破ることがありましたら、耳でも、目でも、どんな力をも奪って下さい！」

と言って聖書に口づけし、水夫を探しながら旅を続ける。

　悔い改めた者は許され、天国に迎え入れられるのならば、ここからヘンチャードの人生は好転するはずなのに、神は優しくない。タイトルの役職名に選ばれた時が彼のピークで、そこからの彼は劇的に転がり落ちてゆく。かつての悪行を知られたくないため、既に夫婦になっている元妻と再婚することを選ぶと、後に裕福な財産を得る恋人との仲が破れる。旅立つ予定だったスコットランド人ファーフレーを自分が気に入って町に引き入れると、持っていた総てを奪われる。映画化作品『めぐり逢う大地』では、町の人総てに背かれてもエリザベスが彼を労わる。しかし原作ではエリザベスは実の娘ではなく水夫とスーザンの娘で、よりによってその事実を知らされるのが、ヘンチャードが「お前は私の娘だ」と打ち明けた直後というめぐりあわせになっている。再度事実を覆えせばまた嘘を言っていると言われてしまうため、彼は嘘の上塗りをする。

　打つ手打つ手が全て悪い方に回っても、尊敬を集めた市長の身から元の干し草狩りになっても、絶望して死を選ばず生き続けるヘンチャードは、勝てるはずのない運命に抗おうとする人間そのものだ。こすからく頑固な彼を悪人と断罪できないのは、私たちのどこかに、ヘンチャードの片鱗が眠っているからかもしれない。

2009年に英国ガーディアン紙が発表した、「英ガーディアン紙が選ぶ必読小説1000冊」選出。

​
『中古』カスターブリッジの市長 (潮文庫 (59))​​KSC​