映画・海外ドラマ・本　ひとこと言いた～い

みなさん、こんばんは。今日は熱帯夜ですね。こんな時間なのに起きてしまいました。
昨日は広島に原爆が投下された日ですね。あの日は今ほど暑くなかったでしょうけれど、どんなに苦しかったでしょう。

さて、今日は歌舞伎界に造詣が深い作家の短編集を紹介します。

似せ者
松井今朝子

それぞれの短編のタイトルが凝っている。例えば「似せ者」。
一世を風靡し、亡くなった名優坂田藤十郎の世話をしてきた団栗の与市が、役者評判記を書く庄左衛門に「藤十郎そっくりの男、桑名屋長五郎に二代目藤十郎と名乗らせては」と、 持ちかける。
藤十郎の偽者＝「似せ者」を作ろうというのだ。失敗すれば元も子もなくなり、成功しても、
「本人の芸は、物真似で間に合わせられるほどのレベルだったって事だ」
と言われ、早晩名優の名に傷がつくような行為を、なぜ最も故人のそばにいた男が行うのか。
「似せ者」長五郎の行く末と並行して、もう一人の「似せ者」の行為が描かれた時、役者の業に振り回された人達の「似せ＝偽」ではない本物の感情が解き放たれる。

　「心残して」は、市村座の囃子方の三味線引きの四枚目、18才の巳三次が主人公。
市村座で、旗本の次男坊神尾左京が、人気絶頂にある紀伊国屋の太夫こと沢村田之助の引っ込みで、「心残して」の一節を歌う。相三味線を務めたのは巳三次。直接面と向かって会った事はないが、不思議な縁に導かれ、傍観者巳三次を中心にした振り子のように、幸不幸の間を行き来する左京と田之助が描かれる。
　芸の道に、普通の生き方に「心残して」いながら、幕臣として薩長との戦いに身を投じる左京。脱そになり、足を失っても、なお芸の道に「心残して」舞い続ける田之助。「心残して」という左京の言葉
を聞いたような気がするが、結局彼を止められず、やりきれない「心が残る」巳三次。
それぞれの心残りは、歯噛みしたいほどの悔しさと、寂寥感の溜まりに一旦落ちるが、涙を隠したやせ我慢男の「生きてやろうじゃないか」という頼もしき心意気に辿り着く。

なんとまあ、しばらく読まないうちに、心の筋（すじ）をきりきりさせる小説を書くようになったものだ、松井氏は。

　ほか、お互いに持ちつ持たれつの男二人を描いた「狛犬」「鶴亀」収録。
2003年上半期直木賞候補作。

なお、沢村田之助の生涯については、北森　鴻氏の「狂乱二十四孝」が最適の書。


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