にんげんだもの。哲学者も、哲人王も。~小説『ヴォルテール、ただいま参上!』
みなさん、こんばんは。今晩は冷えるようです。中国の船の事故は72時間が勝負ではないでしょうか。遅いですね。気が気ではないでしょう。韓国のMersも気になります。さて、こちらは哲学者とプロイセン王の心温まる?交流の日々を極めてリアルに描いた作品です。ヴォルテール、ただいま参上!“Sire, Ich Eile…”Voltaire Bei Friedrich II,Eine Novelleハンス=ヨアヒム・シェートリヒ松永美穂/訳 ドイツ旅行に行くと必ず食卓に登場するのがマッシュポテトだ。お代わり自由で皿に取って食べることが出来る。料理としての見た目はどうあれ、お腹いっぱいになる。さすが中身重視のドイツ!というイメージだが、そんなドイツでは、墓にじゃがいもが供えられる王がいる。本篇の主人公、プロイセン王フリードリヒ二世だ。じゃがいも栽培をドイツに広めた彼は、哲学者ヴォルテールと生涯にわたり文通した。 フリードリヒ二世は、まだ王子だった頃からヴォルテールに恋い焦がれ、やがて自分の手元に置きたいとすら思いつめる。懇願の末にやっと対面が叶い、王はパトロンとしてヴォルテールをバックアップするが、ささいな事から亀裂が入り、やがてヴォルテールはプロイセンを去る。おや、こう書いてみると、まるでありふれた男女の別れみたいだ。まあ、フリードリヒ二世はゲイであり、こう書いても冗談にはなりかねるのだが。 そんなフリードリヒ二世とヴォルテールの関係を描いた本書は、空想力や描写力ではなく、史実と文献という事実でぐいぐい押していく、まるでじゃがいものような、中身重視!の作品である。派手な修飾詞・形容詞を用いないため淡々とした描写が続く。しかし、激するべきところで表向きは激さず、その分、親しい相手に向けて書かれた書簡や側近への遠慮のない会話では怒り大爆発!という激しく裏表のある本人のキャラクターが強烈な印象を与える。 理性を重んじる啓蒙学者が生活のために投資に手を出すこともあれば、「支配者の義務は、人間の苦しみを減じることにある」と理想を唱える君主が、領土拡大のためには人々を戦に駆りだす時もある。もう関係がこじれてしまった頃に起こった、ヴォルテールの旅費を巡る騒動などは、多くの著書を持つ哲学者、大国を率いる君主、どちらかの器が大きければこれほどの騒ぎにならなかったろうと思えるが、間に立った人が可哀想になってくるほどこじれにこじれる。二人とも、偉人・有名人というイメージからは程遠く、我々と同じ弱さと複雑さを持つ人間であることが良く分かる。 しかし二人がもっと単純に物事を割り切り、理想のままに生きようとすれば、交流はもっと早く終わってしまったはずだ。ならば、一方が亡くなるまで文通が続いたのは、弱さと複雑な感情故ではなかったか。ならば我々も、多少は持て余しても、複雑な感情を手放すべきではないのだろう。フリードリヒ二世とヴォルテールのような、ややこしくも貴重な出会いが、どこかで待っているかもしれないのだから。 【楽天ブックスならいつでも送料無料】ヴォルテール、ただいま参上! [ ハンス・ヨアヒム・シェートリヒ ]楽天ブックス