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2006年08月28日
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カテゴリ:人 / こころ
早朝ホテルを出て、新神戸から再び新幹線に乗車、
岡山からは瀬戸大橋を渡り四国に入る。

轟音と共に通過する大橋、眼前に広がる海、
幾層にも連なる島々は、濃緑からやがて青色となって空に同化する。
波穏やかな内海は、初夏の日を受けて今日も鏡面のようにきらきらと輝いている。
伸びていく白い航跡、漁(すな)どる船の幾隻か。
それもこれも心癒すものにはなりえなかった。

3ヶ月前母校に向かう時は、春の陽光に包まれ、
少なからず、心躍る面持ちで海を渡った。
前夜ホテルで催された「美を継ぐ者たち展」の
祝賀会の華やぎは既に跡形もない。

私は、硯を思いだす。
前日ホテル1階にある骨董屋で見つけた硯である。
飾り彫りも美しく、かなりの年代物に違いない。
到底手の出せる代物(しろもの)ではなかった。
愛想のいい店員に会釈して店を出た。


そして、もう一面の硯・・・
照れくさそうな、遠慮勝ちな義兄の笑顔が浮かぶ。
高級品じゃあ ないんじゃきんど 使ってくれるか、
私の前に差し出した。
それは値打ちがあるとされる古端渓ではなく、
見るからに色も新しい、新端渓と呼ばれる物のようであった。
硯は採掘した場所や石の種類によって名前が付けられている。
古い物が珍重されるが、素人には、
古端渓と新端渓を見分けることは至難である。

何も解らんきんど・・
穏やかな言葉が私の胸に沁みた。
初めての個展の時には、横浜まで駆けつけてくれた義兄である。


その義兄が言う。
また神戸に来るときには寄ってくれ、もう、なごうはないきん。
ええ、また帰ってまいりますから、お大事にね。

1ヶ月後、私はまた瀬戸大橋を渡った。
真夏の太陽は既に沈み、薄黒い海が広がっていた。


マイクロバスのシートに身体を埋める。
義兄は骨灰と化し、長男に抱かれて生家に向かう。
静かに悲しみが私を襲った。
拭いても拭いても涙は留まることを知らない。
更に深くシートに身体を埋めて私は空を見上げた。






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最終更新日  2006年08月28日 01時33分31秒
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