カテゴリ:ふみつきの独り言
私が生まれて、3番目の子供が生まれるまで、母も働いていて、いわゆる共働き夫婦の子供でした。今あるような育児休暇なんて無い時代だったので、仕事に行く前に母の実家(長男家)に私は預けられ、仕事帰りに私を受け取って帰る・・・そんな生活でした。 商売をしている家だったので、祖母に育てられたと言ってもいいのかも。。。年よりは、今も昔も『お茶飲み』が大好き! 私を連れて、隣近所のお友達の家へ行ったものです。近くに映画館もあり、(私は覚えていないのだけど)裕次郎だの任侠物だの、邦画を結構見たらしい・・・(おんぶされた背中で) んなもので、私は、オムツをしている頃から、親戚ん家で暮らしてた訳です。(親戚ん家は、車の部品&修理工場・・・あ、今映画上映中の3丁目の夕日の堤さん演じる鈴木一郎さん家みたいなもんだ。母方の親戚は、同業者ばかりだったので、私が預けられてた長男家に、親戚が寄る事もしばしば)そんな毎日だったので、もう親戚ん家に泊まろうが平気だった。私より年上従兄弟・従姉妹もいるし、全然淋しくない。 母が仕事帰りに迎えに来ても、『家に帰らない!ココに泊まる!』と言って泊まってた。 幼稚園に入る前はしょっちゅう。小学校の低学年頃までは、長い休みに入ると、あちらこちらの親戚をたらい回し・・・・ いや・・・・たらい回しは、受身形だわね。 自主的に、親戚家を渡り歩いてた!と言うのが正しいのか!? そんな生活をしていたので、私には母や父が沢山いて、兄が沢山いたし、姉・妹(母方は男系なのか、女性が少ないのだ。母方の従姉妹は、私も含め5人)もいる!そんな感じで育ったので、 ちょっと毛色の変わった娘だったような気がする。
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最終更新日
2007.11.06 16:03:22
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